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坂村健氏講演
加藤郁之進氏講演


吉川弘之


独立行政法人産業技術総合研究所 理事長
吉川 弘之



科学技術者の役割

  それを私は非常に単純に次のように考えている。


  人間の行為というものがいったい何なのかということなんです。こういうものを考えてるんです。人間の科学的知識というのは、ニュートン力学であれば、りんごが落ちる。それを見てはっとして、ニュートン力学。漫画化しすぎてますけれども、要するに観察を通じて一つの知識体系というのをつくってニュートンの法則をつくったのです。人間はその知識を利用するんですけれど、ここを切ればりんごを収穫できるという、これはニュートン力学を使ってるんです。一つの科学的な体系というものに、ほんのちょっとある種の人間の操作を加えていくと、そこに人間にとっての一種の有利というか、人間が求めているものが得られるということなんです。

  現代の人間の行動というのは、多く、こういう科学的な知識を背景にして、それにある種の人間が計画した操作を加えて、これは一種の設計というんですが、そういったものを加えて人工的な状況をつくっていくと、こういう話になってるんです。

  それから、人工状態というのは決して自然の状態と矛盾してるんではないんだけれども、そこに人間の意図というものが色濃く彩られている、そういうことなんです。そうすると、


たとえばこういうニュートン力学は、ニュートン力学だけじゃないんですが、いろいろなさまざまな観察をして壮大な科学理論というのをつくり、ここは無矛盾だというわけです。ところが、たとえばプラントで先ほどのような巨大事故が起こったとします。これも自然現象なんだけれども、物理学で解けるのかというと、実はそうじゃない。同じ自然現象ですけれども、りんごが落ちてニュートン力学ができるというような単純なものではなく、何か違うものがあります。

  私はこれを明るい物理学、これを暗い物理学と、こういうふうに呼んだんですけれども、とても難しくて、単純な科学的方法だけではこれは解けないんじゃないか、事実私たちは巨大事故というものを抑え込むということをできないでいるわけです。これはいったい何なのか、そういう人間の行為によって、知識が影響を受けているという部分には、大変難しさがある。それを非常に大まかなくくり方をしようというわけです。



  それは人間の知識、特に科学的知識というのは領域によって分けられているということなんです。物理学があったり、化学があったり、生物学があったり、社会科学もあります。経済学があったり、法律の学問があったり、そういったばらばらな領域というものがあります。実は、ここに非常に大きな問題があるんじゃないかということなんです。

  当たり前ともいえる領域というものが、何か非常に大きな問題をもっているんじゃないかと。領域というものがどうしてできたのかというと、これはニュートン力学というのが一つの力学という領域です。もちろん、ニュートン自身はこういった学問領域をつくろうなどとは一切意識はしておらず、ギリシャ哲学の復元というか、ルネッサンスを通じて、中世を超えてきた非常に古い古代の知識の再現だと、こう言ってたわけです。それは何だったのかというと、ギリシャの哲学者は単純な原理で世界全てを理解しようというわけです。

  たとえばデモクリトスは、原子論の概念をつくり出した人ですけれども、全ての世界は粒々からできている、離散的な粒子でできているということを言った。それで世界を全てわかったような気になるんです。ですから、デモクリトスの時代には全ての世界、生き物も山も、川も、全部同じ原理で理解しようとしたわけです。そこには領域というものはなかったんですけれども、結果的にニュートンは領域というものをつくるんです。それはなぜかというと、ニュートンは先ほど申し上げたように哲学者の再現だったと思っていたわけですが、この若いころのニュートンの伝記を読みますと、いろんなことに関心を持っているんです。光にも関心を持つ、電気にも関心を持つ、生き物にも関心を持っている。目はなぜ見えるのかなんてことについてニュートンの伝記を見ると、大変おもしろいことが書いてあって、目の玉を押すと、像が歪むというのに気がつくんです。こういじっているうちに、目の中に指突っ込んじゃって目の玉が裏返ってしまった。まぁ、ほんとかどうか知らないですけどね。そういうことが立派なニュートンの伝記に書いてありますが、それほど光とか、生き物とか、いろいろ関心持っていたんだけれども、それがニュートン力学に入ってこないんです。

  ということは、そういった現象を除いて、彼が問題にしたのは天体と地球上の落下物体、つまり、りんごに代表される、そういったものだけを対象にして、一つの体系的な理屈をつくった。ということは、それ以外のものはいわば排除してしまった。すなわち対象にはいろいろなものがあるんだけれども、その中から特定のものを、美術家が印象派だけをコレクションするように、これをコレクションと私は呼ぶんですが、対象を限定するんです。それはものによって限定するといってもいいし、ものがもっているある特定の性質で限定するといってもいいんですが、そういったコレクションをします。なぜ、これを取り出したかって言うのは、これはニュートン自身も、このニュートンのプリンキピアという本を読むと、書いてないんです。一切書いてない。今もってわからない。

  なぜニュートンがこういったものだけを選んだのか、というのを研究したのが科学哲学者のパースですけれど、これも最終的にはわからない。なぜ選んだのかわからない。しかし、選んだ結果、成功したのは確かなんです。こういったものを選んだ結果、実は非常に単純なパラメーターで、天体の運動と地球上の運動とは一つの法則の下で説明できるということを言ったわけですから、これは非常にすばらしい。我々の知識とはそういうものです。


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