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吉川弘之


独立行政法人産業技術総合研究所 理事長
吉川 弘之



科学技術者の役割

  科学というのはいろんな分野がありますけれども、たとえば一つの分野の中では、完全無矛盾性というのが存在していなければ、それは一つの学問分野とは呼べない。そういう一つ一つの考え方というか、記述に矛盾がないということを前提にしているわけです。したがって、科学というのは自己完結性はもってるとは思うんだけれども、それだけではなくて、科学の世界から社会へと影響を与える。これは積極的に応用という形でやる場合もあるでしょうし、もっといろいろなさまざまな形で社会というものに影響を与えていくんです。

  この構造が自己完結的かというと、どうもそうじゃない。その環境が実は破綻してるんじゃないかということです。破綻とは、大変きつい言葉ですけれども、科学者は善意であっても、科学そのものの中には矛盾が出てくる。たとえば、価値が、人間が伝統的にもっている価値に破綻を起こさせるようなものとしては、多くの生命倫理といわれるものはそういうことです。

  よく考えてみるとなぜそれがいけないのか、たとえばクローン人間を作るのがなぜいけないのか、非常に難しい大問題ですけども、我々はみんな悪いと思ってこれは禁じるわけです。しかし、そういうことの可能性を、我々の知識がそういう価値観に攻撃を与えるような知識をも、自分たちは身に着けてしまったということです。

  これを局所的な破綻と、こう呼んでみます。そうすると、大局的な破綻というのがあって、たとえば一時期エンドクリン・ディスラプター(endocrine disrupter)、環境ホルモンといわれた、今はケミカルリスクといいますけれども、そういう科学的な物質がずーっと地球上に蔓延して、それが人間の生きるということにどういう影響を与えるのかというと、わからない。人間の経済活動が進めば進むほど、そういった従来存在していなかった新しい化学物質が地球の中に蓄積されていく。これはレイチェル・カーソンが1960年代に指摘したことですけども、そういったことがますますある意味では難しい問題となり、しかもよくわからない。あるいはオゾン層の破壊とか、温暖化、これは後ほど少し話しますけれども、そういったさまざまなことが起こってきて、これらは地球全体として、人間の科学的な知識に基づく個々の行動が、集積として大局的な破綻をもたらす。これはちょっと異質なものです。

  それから領域間の破綻、あんまりいい名前じゃないんですけれども、がある。たとえば産業廃棄物は、なぜ今になってこんな問題になったのか。空間がたくさんある場合は、どこかに捨てておけばよかったんです。しかし、人類の人口が増えてきて、捨てる場所がなくなってくる。そうしたとき初めて、この問題が起こるんです。

  これと巨大科学を並べるといけないのかもしれませんが、巨大科学というのも真理の探究で、どんどんいろんなことを知りたいと思うと、一つのプロジェクトに非常に巨大なお金がかかるようになるんです。昔は、矛盾ではなかったんだけれども、国民は科学に投資するか、あるいは福祉に投資するかといったような、いわば資金の有限性ということから、今まで関係のなかった、福祉か科学研究かというようなまったく別の問題が起こってきます。そういういろんな制度上の破綻というのを起こしてる。こういったさまざまなことが、現代の邪悪なるものの根拠にあるんじゃなかろうかということなんです。



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