体の左右非対称性を決めているモーター分子
[図53] さて、もう一つの非常に面白いモーター分子の、予期せぬ働きについてお話します。それは、我々の体の左右の非対称性を決めているということです。
私達はKIF3というモーター分子を見つけました。KIF3は、KIF3A、KIF3Bという違うモータータンパク質が二つ捩り合って、ヘテロダイマーを形成しています。
二本足です。ここに、KAP3という結合タンパク質がくっ付いていて、そこに荷物がくっ付く。
[図54] このKIF3の働きを調べるために、KIF3を発現できないマウスをつくりました。
KIF3AとKIF3Bのノックアウトマウスをつくりましたが、症状は同じでしたので、このKIF3Bの結果だけをお話ししますが、生まれてきませんでした。
KIF3のモーター分子を作ることのできないマウスは生まれてこない。それは、KIF3のモーターが非常に重要な働きをしているからです。
それでは、どういうことが起こっているのか。12日目の胎児を調べました。KIF3のミュータントは、神経管が閉じない。脳が開いたままです。
それから、心臓の循環器系に異常があるということが分かりました。
[図55] いろいろな異常があるなかで、私達が注目したのはこれです。我々の体は、心臓が左にあって肝臓が右側にあって、脾臓や膵臓が左側にありますね。
左右が非対称です。ところが、カルタゲナー症候群(Kartagener's syndrome)の患者さんの50%は内臓逆位です。心臓が右側にある。肝臓が左側にある。
私の同級生にも一人いましたけれども、小学生のときに胸部のX線を撮ったら、自分の心臓が右側にあるということが分かったわけで、これショックですよ。
他の症状としては男性不稔です。男性の原因で子供ができない。それから、呼吸器系の症状が出るのですが、肺炎になりやすい。
どうして、そういうことが起こるか分からなかったのですね。
[図56] [図57] 何よりも、左右の決定というのは、発生生物学の非常に大きな疑問でした。我々の体の左右の決定の最初に見えるサインは心臓です。
心臓は、最初は管なのですが、それがグルッと回って心臓ができ上がってくる。普通はDループですが、内臓逆位はLループになります。
KIF3のノックアウトマウスは、50%がLループで、50%がDループ。野生型は全てDループですね。
[図58] 左右の決定というのは、発生生物学の非常に重要な問題だったのですが、分かっていたことはというと・・・。
非常に初期の7.5日目のマウスの胎児のおヘソの辺りに三角形の凹みがあって、ノード(node)といいますが、それが左側を決定する遺伝子群を、
左だけで発現させるようにコントロールしているというところまでは分かっていました。
しかし、どういう現象が上流にあって、そういうコントロールをしているかということは全く分からなかった。
このKIF3のノックアウトマウスをよく調べると、KIF3のモーター分子がその上流をコントロールしているということが分かったのです。
[図59] では、ノードで何が起こっているかを見ましょう。これは走査型電子顕微鏡で見たものですが、野生型の細胞には、1本1本毛のような突起が出ています。
繊毛といいます。ところが、KIF3のモーターが無いと、繊毛が無いのですね。
最初の疑問は、KIF3というモーターが無いと、どうして毛のような突起ができないんだろうということです。
[図60] 先ず、その毛のような突起を見てみましょう。野生型の横断像と縦断像です。9個丸いものが見えますが、これが微小管です。
繊毛の中には、2本ずつの微小管が縦に9本あるのです。
[図61] ところが、KIF3のノックアウトマウスだと、その繊毛ができない。
どうしてKIF3のモーターがないと繊毛ができないのか、いろいろなことを調べました。これは一つの例ですけれども、光学顕微鏡で観ると、モーター分子が光っている。
これは電子顕微鏡ですが、黒く見えますけれども、実は、この繊毛の中にKIF3のモーターがあったのです。
[図62] どういうことかというと、繊毛の中にある微小管に沿って、基底部から頂部に向かって、
KIF3のモーター分子が繊毛を作る材料をエッチラオッチラと運び上げていたのです。ですから、このモーター分子がないと繊毛ができない。
先ず、そういうことが分かりました。
[図63] しかし、この繊毛の無いことが、どうして左右の決定に関係しているのだろう。
これは、普通の繊毛、鞭毛の輪切りです。精子の鞭毛や気道粘膜上皮の繊毛もこういう形をしています。
2本ずつの微小管が9ペアと、真ん中に2本の微小管があるのですね。精子は泳ぎますよね。それから呼吸器の気道粘膜の繊毛上皮も繊毛運動をして、痰を外に喀出する。
ところが、このノードの繊毛は、さっき見せたように、野生型でも9プラス0、真ん中の微小管が無い変な構造をしている。
だから、世界中の研究者が、「この繊毛は、動けない。何をやっているのか分からない繊毛」だと思っていたのです。不思議ですよね。
[図64] そこで、もう一度生きた胎児を、ビデオ顕微鏡で見直しました。この繊毛は本当に動かないのか。
そうしたら、驚いたことに、世界中が全く動かないと思っていた繊毛が、実は活発に回転運動をしていたのです。1分間に600回転。
時計方向に回転運動をしている。でもね。その回転運動がどうして左右の決定に関係あるのか。
不可解ですよね。このノードの部分には胎児外液が満たされていて、その中で繊毛が回転しているのです。
この回転運動が、全体として何をやっているのかを見ようと思いました。そこで、蛍光を発光する蛍光ビーズをこのノードの液の中に入れました。
そうしたら、驚いたことに、このビーズが右から左に一方方向に流される。野生型ですよ。
つまり、野生型では、胎児外液の左向きの流れがあるということが分かったのです。これをノード流(nodal flow)と名付けました。
このように、野生型では左向きの流れがありますが、KIF3が無いと、ビーズはブラウン運動をするだけで、全く左向きの流れがありません。ノード流は無いのです。
[図66] これをビデオでお見せします。まず繊毛の回転です。頂部から見ています。繊毛が非常に活発に回転運動をしていますね。
この回転運動がどうして左向きの流れをつくり出せるかというのも、一つの大きな問題ですが、その答えはこの中にあるのですね。
[図67] 実は、この回転運動をよく見ると、繊毛が右から左に動くときには垂直面を動きます。
ところが、左から右に帰ってくるときには、少し表面に近いところを動いているのです。この回転の軸は40度後方に傾いているのです。
これは流体力学の問題で、垂直面を掻いているときには効果的な流れを作ることができるのです。
つまり、右から左に行くときには効果的な流れを作っている。ところが、帰ってくるときには表面近くなので、シアストレス(shear stress)
という抵抗があって、効果的な流れが作れないのですね。だから、回転運動によって左向きの流れができる。そういうことも分かりました。
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[図53]
[図54]
[図55]
[図56]
[図57]
[図58]
[図59]
[図60]
[図61]
[図62]
[図63]
[図64]
[図66]
[図67]
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