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佐藤哲也氏講演
総合討論


廣川信隆


東京大学教授医学部長
廣川 信隆



細胞の分子1個1個の動きを目で見る BACK NEXT

記憶力と学習能力を支えるモーター分子
[図40] 次にお話しするのは、これも非常に面白いモーター分子で、我々の脳の高次機能、つまり記憶とか学習をコントロールする、 そういうモーター分子のお話です。KIF17というモーター分子を見つけました。 このモーター分子の面白いところは、先程お話したモーター分子は神経の軸索に多かったのですが、このモーター分子は樹状突起という、あの木の枝のような、 他の神経細胞から信号を受け取る側、そこに多くあるということが分かったのです。蛍光抗体法でグリーンに光っているのが樹状突起です。 ここにKIF17があるということが分かりました。

[図41] 「何を運んでいるんだろう」ということを調べました。そうすると、これは電子顕微鏡で見たカーゴですが、小胞です。 膜に囲まれた小胞ですが、どういう小胞か、というと、化学伝達物質の受容体。 ちょっと難しい話になりますが、我々の大脳でシナプス小胞に含まれている化学伝達物質にはいろいろありますが、 その中でもグルタミン酸が伝達物質として非常に多く使われているのです。 ですから、そのグルタミン酸をキャッチする受容体というのが、神経の樹状突起のほうにあるのですね。 いくつかのタイプがあるのですが、NMDA型受容体というのがあって、それを送っているということが明らかになりました。

[図42] このKIF17は、樹状突起でグルタミン酸のNMDA型受容体を輸送しているということが分かってきた。 それでは、本当にそうなのかということを確かめるために、KIF17のカーゴをとってきて、微小管のレールの上にKIF17と一緒に乗せ、ATPを入れてやると、 ご覧のとおり、微小管のレールの上を動きます。スカートの開いているような端に微小管のプラス端が集まっているのですが、 プラス端に向かって、1秒間に約1.2μmの速さで動きます。

[図43] これをビデオでお見せしましょう。先ずは、微小管のレールに乗せて、今カーゴがその上を動いていますね。 今度はスローモーションでお見せします。微小管のレールの上に、今KIF17のカーゴがくっ付きました。 そして、徐々に徐々に右側に向かって動いてくる。まもなくするとレールから外れていってしまいます。次は、リアルタイムです。スーッと動いて外れる。

[図44] [図45] 今度は、実際に生きた神経細胞の中での様子をお見せします。 蛍光タンパク質を付けているので、ここで動いているのは、実はKIF17を見ているのです。 樹状突起の中で、KIF17というモーター分子がくっ付いたカーゴが、末梢に向かって輸送されていく様子が見えます。

[図46] さて、KIF17がグルタミン酸の受容体を細胞の中で輸送しているということがわかりました。 それで、我々個体のレベルでどういう働きをしているのかということを知るために、今度は、KIF17を過剰につくることのできるマウスをつくりました。 さっきまではモーター分子をつくることのできないマウスを作ったのですが、今度は逆ですね。これをトランスジェニックマウスといいます。

[図47] その行動のテストをやってみました。空間記憶とか作業記憶というものを調べる方法は既に確立されていて、それをやってみますと、 非常に面白いことに、KIF17を多く発現したマウスは賢い。空間記憶がいいのですよ。それから作業記憶もいい。

[図48] それを今ビデオでお見せします。これは作業記憶のテストで、モリスのウォーターメイズといいます。 最初は、野生型です。これはプールです。実は、プールの下に台を沈めてあります。 一定の場所から泳がせますが、周りにはいろいろなシグナルが貼り付けてあって、場所がわかるようになっています。 今、野生型のマウスが、沈めてあるプラットホームを探して、一生懸命泳ぎ回っています。 疲れますからね。泳ぎ回っていますが、なかなか見つからない。これはトライアル1、1回目です。 今、ミスしてしまいましたね。ようやく見つけました。この直後に、トライアル2をやります。 トライアル1とトライアル2を比べて、プラットホームを探す時間がどのくらい縮まるかで作業記憶が良いかどうかが分かるわけですね。 2回目も同じところから泳がせます。ミスしましたね。とんでもないところに行っちゃいました。またミスしちゃった。 ようやく見つかった。これが野生型です。今度は、KIF17を多く発現しているマウスにやらせます。ここにプラットホームが沈めてあります。 トライアル1。探していますけれども、もう見つけました。この直後に、トライアル2をやります。同じところから泳がせますが。ものすごく賢いです。

ネズミは、なぜ賢くなったのか
[図49] そこで、このマウスの脳で何が起こっているかを調べました。 結果だけ分かりやすくお話しますが、このTGというのがトランスジェニックマウスで、WTというのが野生型です。 何が起こっているかというと、KIF17の量は当然多くなっていますね。それから、グルタミン酸の受容体の量も多くなっていました。 もっと面白かったのは、タンパク質としての受容体の量だけではなくて、このグルタミン酸の受容体のメッセンジャーRNAの量が多くなっている。 それから、KIF17をつくるメッセンジャーRNAの量も多くなっているということが分かりました。これは不思議ですね。どうしてでしょう。 このNMDA型の受容体の転写は、専門的な話になりますが、リン酸化したCREBというタンパクによってコントロールされているということが分かっていました。 そこで、リン酸化されたCREBの量を調べてみると、このトランスジェニックマウスでは、やはり多くなっていたのですね。 それだけではなくて、KIF17のメッセンジャーRNAの合成も、リン酸化されたCREBによってコントロールされているということが分かりました。

[図50] どういうことになるかというと、こういうことです。これは作業仮説ですが、先ず、KIF17のモーター分子が非常に多くなります。 そうすると、樹状突起の中でグルタミン酸の受容体がどんどん送られるようになります。そこはシナプスの情報伝達をする現場ですね。 そうするとシナプスの伝達効率が上がります。それによって、細胞の中にカルシウムイオンがどんどん入ってきます。 それがきっかけになって、CREBというタンパク質のリン酸化が起こり、それによって、KIF17とNMDA型の受容体のメッセンジャーRNAの合成がどんどん増えるのですね。 その次にはタンパク質の合成が増えますから、これがポジティブ・フィードバックになってドンドン回転して、グルグル回って、 ドンドンドンドン利口になるんですよ。つまり、神経細胞の中で、そういうモーター分子によって素材を送っているという過程が、 我々の記憶とか学習の基本にあるということが分かったんです。後で行われる総合討論で、これに関する質問があれば、もっと詳しくお話しますが。 実は、「世界脳週間」という脳科学を広めるための催しで、高校生にこういう話しをする機会があったのですが、高校生たちのリアクションは、 「先生、自分の脳で、どうやったらKIF17の量を増やすことができますか」というものでしたね。

[図51] [図52] これまでは、モーター分子が膜小器官を輸送するというお話しをしてきましたが、 実は、膜小器官だけではなくて、遺伝子そのものも送っているということが分かりました。 樹状突起の中で、KIF5というモーター分子はメッセンジャーRNAを送っていることが明らかになったのです。 それはメッセンジャーRNAだけではなくて、少なくとも42種類ものタンパク質を、メッセンジャーRNAと一緒に送っているということが分かりました。 これは、時間の関係上、省略しましょう。

図40
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図41
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図42
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図43
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図44
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図45
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図46
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図47
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図48
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図49
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図50
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図51
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図52
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Last modified 2006.6.6 Copyright(c)2002 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.