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パネル討論


黒川清


第二部 パネル討論  「バイオテクノロジーは生活者を豊かにするか」

日本学術会議会長
黒川 清



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価値観を変えよ

バイオは生活を豊かにするか、だれの生活を豊かにしたいのですかということが、これからの質問です。さて、日本は非常に豊かになり、今のような経過の中でちょうど100年前に何が起こったかというと、日露戦争に勝ちました。これは非常に大きなことなのです。なぜでしょう。今の世界の私たちの常識である科学技術はすべて西洋文化由来のものです。印刷技術も鉄道技術もみつけたのは中国です。だけど、なぜ西洋の文化になっているのでしょうか。19世紀の終わりから20世紀に世界のすべてはヨーロッパ文明の影響下になりました。100年前、それをはねのけ、独立できたのは日本だけです。そのヨーロッパ文明がすべてを支配していたときに、独立を維持できたのは、日本とタイだけです。なぜかということを考えて下さい。

だけども、その後日本がやったことは、今までどの国とも交わったことがないから、自己中心の「私たちが正しい」とやったからおかしなことになってしまったのですね。日本は遣唐使以来、外国の人と交わったことがない。だから精神構造は鎖国のままなのです。今でもそうではないかと私は思うのです。違います?みなさん開国できない理由ばかりを言っている。

というわけで、これからの課題は何か。みなさんすごいですよ。ゲノムが読まれた、プロテオミクスなどわかった、だからなんだ?何を知りたいの?それを言わなければなりません。さて、100年前に日露戦争が起こったころ、何が起こったかというと、100年前やっと世界の人口は16億まできました。1970年には戦争をしているにもかかわらず30億になりました。それは公衆衛生がよくなって栄養状態がよくなって農耕物がつくれるようになって、工業化になってということがあって、先ほどの話にもあったように1972年にローマクラブの成長の限界が言われるのですが、やめられませんでした。なぜでしょう。冷戦をやっているからです。両方でたくさん原子爆弾つくってミサイルつくって、やめられなかった。戦争をやっているからです。

冷戦構造が終わったのは1991年です。次の年にリオデジャネイロで環境サミットがありました。そこから京都プロトコールへとくるわけです。今になって100年後にどうなったか?1970年に30億だった人口がもう64億になった。100年間で4倍になったのです。4倍になって80まで生きて何するの。それでみんなの生活活動は広がるでしょう。砂漠化するでしょう。エネルギー、食料、水、廃棄物(ウエイスト)によって、環境が悪くなるでしょう。どうするんですか。トヨタを見習えということです。今までの価値観ではなくて、何をしたいかです。

人口が16億から64億になったのは、今までの西洋文化の恩恵だったということは確かです。100年前にはパスツールやコッホのおかげで、いろんなばい菌が見つかった。例えば結核菌は見つかっていたけれど、結核の治療方法はなかった。それは戦後です。ストレプトマイシンができたのは終戦のころでしたからね。そのころのもう一つの病気にポリオがあった。小児まひです。私の世代はみな怖かったでしょう。ワクチンができてきたのは、1960年ごろです。たった40年か50年で世の中こんなに変わって、もう小児まひはなくなったと思われていたところに、アフリカの独裁者(ディクテーター)が、これは西洋文化の陰謀だといって止め始めたところに、今またポリオがまた少しずつ出始めてきました。天然豆も20年前になくなったといわれました。ジェンナーから200年でなくなったのです。大したものです。しかし、今、バイオテロのツールになっています。バイオテクノロジーはすばらしいですよ。どう使うかはみなさんの知恵です。私たちは、知識はたくさん増えました。だけどそれほど賢くなっているわけではないということをよく考えて下さい。知識は増えたけれども、知恵は大したことないということです。

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