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3.目に見えないものの評価
(大戸) 先ほど先生のお話の中で、一般化製品、見えるものと見えないものがあって、見えるものを評価するというのは、わりと難しくない。しかし見えないけれども、重要なものがあるということですね。たまたま先生は、データベースというふうなお話をなさったのですけれども、私はやはりデータベースって非常に重要であるというふうに考えておりまして、それをやはり高く評価すべきではないだろうかと考えております。他にも、見えないけれども生活者にとって重要なものというのはいろいろあると思うのですね。そういうものをどういう発掘していくかというのが1つの課題かなというふうに思っております。
(吉川) それは先ほどのお話だと機能という話にもなるのですけれども、そこまで行かなくても、非常に現実的な問題に私たちはぶつかっていると思うのです。それは西村さんのお話を受ければ、馬車から蒸気機関車といったのでは駄目なのです。駅馬車から鉄道という流れでなければなりません。まさにUtilization という仕組みにならなければ革命は起きないです。そういう意味で、やはり現在のいろいろな研究があるでしょう。われわれ研究者というのは、蒸気機関車をつくろうとしたわけですね。だけど鉄道をつくるというのは、それを使うほうから出てくるのですね。そこで製品論というのが出てくるわけで、われわれ研究者が製品というイメージを持つというのは、その受け手を考えるということなのです。そうすると、例えばバイオというのは今、ばあっとゲノムを中心にあんなのが進んできたのだけれども、いったい誰が受け手かというわけです。私はよく言うのだけれども、今は最大の受け手はお医者さんと製薬会社なのです。あれにそんなに研究費を投じたら、お医者さんと製薬会社だけが盛んな国になってしまって、医者にかからないで、薬飲まない人に対しては何も恩恵がないでしょう。そんなシェアリングでいいのかと。そうではなくて、医者と製薬会社以外のバイオの受け手というものを並行的につくらなければいけないわけです。そこを発掘するという仕事もものすごく大事です。それから情報のお話がありましたよね。情報だと、ウィンドウズの連中が反対する、リナックスは反対するということなのだけれども、情報というのは本質的にそういう性質を持っていて、やはり製品に対する客観評価というのが非常にしにくいわけです。ソフトウェアは使ってみないとわからないです。通信技術などのユーザー込みの開発体制というのは脈々と進んでいるわけで、これはバイオとはまた違うわけですよ。伝統的な、例えば機械技術なんかは大きな会社が持っていて、うまいのが出ればすぽっと使っていたわけでしょう。そうなると科学者という研究する側も製品ということを考えだすと、どこまで研究すればいいかという、研究の道筋というのも全部、分野によって細かく違ってくるのです。科学者自身にとって、研究者自身にとるといわゆる製品化の窓口というのも、分野によって全部違うわけです。にもかかわらず、研究費制度とか研究のマネジメントというのは、それを一概にやろうとするわけです。そこにものすごい矛盾を生じているということが現実にあります。そういう風に出口とよく言われるようなものとはいったい何なのか、それをもうちょっと冷静に考えないと、正しい研究システムというのが出てこないです。
(大戸) 今日は財団の勉強会でございますけれども、財団の職員の方、何かご質問、コメント…。
(吉川) もうちょっと、付け加えると、そういう意味で、第一種基礎研究だけが研究ではないのだということをいかに広げていくかという話ですが、ですからそれはやはり一般化製品というものを、もう少し整理して、現代社会というのは科学に対して、リオデジャネイロの科学サミットのアジェンダの中に入っている、あの要求というのはいったい何なのかという、これはたった2つのチャプターしかないのだけれども。あれをきちんと描いてみせると、こういう研究が実は価値があるのだっていうのが見えてきます。それを通じて、今まで評価されなくて、評価というのは社会的に認められるということですが、そういうことだと思うのです。逆から見るっていうのですか。
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