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講師: 斎藤成也(さいとう・なるや)、
ゲスト講師: 佐々木閑(ささき・しずか)
日時: 2006年4月22日 |
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あなたはどこからきたか −日本人のDNA− |
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三井:何年くらい先のことですかね(笑)。本当に、ビタミンCを作ることのできる人は、一人もいないのですか。
どのくらい昔に遺伝子を失ってしまったんでしょうか。
斎藤:3千万年前、日本ザルと我々の共通祖先が別れた頃。
三井:進化学的な時間のスケールが日常的な感覚とずれるので、なかなかピンと来ないことがあるんですが。
>>マンモスのDNAとふつうの象のDNAを掛け合わせて、それを何回も繰り返すとマンモスに近いものができるという話を聞いたことがあるんですけども、
そういう場合には、象のDNAが、どうなっちゃうんでしょうか。
斎藤:それはマンモス復活プロジェクトですね。理論的にはできます。先程、マウスの例で言いましたけど、かけ合わせていけば、
いろんな例でいけます。これは遺伝学的には「戻し交配」といいます。例えば、最初はマンモスとインド象をかけ合わせます。そうすると、
50%がマンモスで、50%がインド象の子供ができますね。それを、またマンモスで継いでいくと、今度はインド象が25%になります。半分半分になって、
どんどんどんどん減っていきます。だから、理論的には可能です。ただし、先ず、マンモスのゲノムを全部得ないといけない。それは成功していません。
非常に小さなミトコンドリアのDNAだけでも大変で、マンモスのDNAが出てきましたという論文を読むと、ほとんどがミトコンドリアのDNA。
北海道大学の松田先生もミトコンドリア、名古屋大学の小澤先生もミトコンドリア、ドイツのSvante Paaboさんもミトコンドリアで、
肝心のマンモスの毛のような大事な遺伝子は全て、染色体という別のところにあるんですよね。世界中で、いろんな研究者がやっていますが、
染色体のDNAは、かなり難しくて、成功していません。これは批判になりますが、日本で家畜をやっていらっしゃる一部の方が、
マンモスの再生プロジェクトということを仰っていますけども、はっきり言って、今の技術では全くナンセンスです。ただし、一部だけなら、例えば、
象牙の形を決める遺伝子が、将来、もし見つかったとしたら、マンモスの死骸から、そのDNAだけを採って増やしてやる。それをアジア象に入れたときに、
象牙の形がガラッと変われば、一部分だけでも、マンモスを復活させたということになる。そういうふうに、一つずつやるべきであって、
突然ゲノム全体というのは、あり得ない。
>>凍土から、完全体で出てきても無理だということですか。
斎藤:そういう仮説はいくらでもできますからね。じゃ、やってよということですよね。我々は現実の世界でやっているんです。現在、
非常に大きな仕事が、ミトコンドリアのDNAで、その論文が、Natureのような雑誌にでます。それもやっていないで、
完全体が出たらやるというのは駄目ですよ。そういうのは研究者の風上にも置けない。やっぱり、我々は職人ですから、技術的に、
先ず足固めをしてからやるべきであって、空想の世界でモノを言うのは、本を書けば売れるかもしれませんけども、僕らは全く尊敬しません。
三井:科学者というのは、どういうふうにモノを考えるかというのが、よくお分かりになったのではないかと思いますね。
だけど、生物学の楽しさというのは、いろんなことを考えられるというところが多分にあるからだと、私は思いますけれど。
>>最近、大阪の高槻にある生命誌研究館から出している季刊誌を読んだんですけども、そこに、曼荼羅というのが出ていたんですね。
先程、佐々木先生は、サイエンスと仏教を切り離すというお話をされたんですけども、
仏教の世界とサイエンスには密接な関係があるんじゃないかという気がしているので、その辺をお伺いしたいと思います。
佐々木:サイエンスと仏教の関係は、ここ十年来のテーマでして、斎藤君の協力も得て、3月31日に本を書き上げたところなんです。
先ず一つ大事なことは、仏教は多様であるというところです。一つのお釈迦様から出発した仏教が、2500年の間に、ものすごくいろんな形に変化している。
日本をとってみてもそうですね。禅宗や真言宗などいろんな宗派がある。全部言うことが違います。これにしてもごく一部で、
中国、スリランカ、タイを見たら、もう千変万化。いろんなものがある。実は、その中から科学のあるポイントと似ているものを探そうと思えば、
いくらでも探すことができるんです。このごろ、曼荼羅のことを盛んに言われるんですが、例えば、曼荼羅と多世界解釈や、
無意識とフロイトの精神の多重構造とか、それは大変合うんだけども、危険性もあるんです。つまり、
似ているところを探そうと思うから見つかるのであって、似てないところは、それの何万倍もあるんですね。これもDNAの比較研究みたいなもんで、
似ているところならいくらでもある。似ているからといって、全体が一緒というわけにはいかない。それを間違ってしまうと、
本来は比べてはいけないスケールで、仏教と科学を比べてしまいますから、何の生産性もない、単なる知的遊戯に終わってしまうことがあります。
最近の、理系と文系を分け隔てなくやろうという動きは賛成なんですが、間違って、そっちの方へ動いている要素も時々見られます。
だから、一番大事なのは、物事をどう考えるかという、考え方なんですね。科学の場合に一番大切なのは、やはり、合理精神です。
つまり、理屈にあっているものは認めるけども、理屈に合わないものは保留しておく。否定はしませんけども、保留しておくという考え方なので、
それをいっぺんに飛び越えてしまうと、おかしな神秘主義に走る。仏教学者が、神秘主義がおかしいというのはおかしな話なんですけども、
僕は、そういう立場なんですね。科学と仏教には、強烈な共通点があると思っていますが、個々のポイントの類似点ではなく、
合理精神に基づいて、法則性でこの世界を捉えていくという点に、唯一の共通性があると思っています。そうでない仏教もたくさんあるので、
それはそれでいいんですけども、必ずしも科学と対応しない仏教も多いということも理解しておかないといけない。ただ言っておきたいのは、
仏教は一つではないということなんです。仏教は、いろんなものの集合体を指す総称であって、これが仏教だと言って、
一つのことを指すことは絶対できないということを理解して頂きたいと思います。
三井:とても良いことを仰って頂いて、これで結びの言葉にしたいくらいなんですが、最後に、やっぱり、斎藤さんに一言。
斎藤:仏教学の佐々木さんが神秘主義を否定されて、私が最初にダ・ヴィンチを出して神秘を言ったのは、かなり矛盾すると思うんですが、
まぁ、世界ってのは矛盾だらけですからね。私も矛盾をいっぱい抱えていますから、それで良いんじゃないでしょうか。
では、今日持参した、この本を差し上げたいと思います。私は、いつもフワフワとした意識みたいなことを考えていますけども、実際の科学研究は、
実験室で、全ての段階でフィルターを通して、全て厳密なプロトコール方法が決まっていて、それは正に技術ですね。
私は、コンピュータ解析もしますけれど、プログラムにバグがあったら、もう駄目ですから、必ず、きちんとしたプログラムを作り、
ちゃんと結果を出すということをしなければいけません。その積み重ねが科学ですので、今日、ご自身の実際の体験をもとに、
3つ以上の質問されたと思いますが、馬、花、そして地黒の、・・・(拍手)
>>有り難うございます。私は65歳で先は短いですから、頂いたご本は、これからの世代を担う若い学生さんに差し上げたいと思います。(拍手)
三井:これでお終いにしたいと思います。今日は、斎藤さん、佐々木さん、そしてご出席の皆さん、いろいろお話して下さいまして、
本当に有り難うございました。
館長:今日は、素晴らしいゲストの方をお迎えして、楽しいカフェを有り難うございました。今後、この博物館で、こうした催しを、
どういう形でやっていったらいいかなと考えた次第です。今日は、一階の入ってすぐのところに、数珠玉の展示がございますし、旧館では、長年、
日本海の貝を集めておられる方の貝展がございます。是非、ご覧になってみて下さい。本日は、有り難うございました。
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