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第12回レポート
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第12回リーフレット

第12回 カフェ・デ・サイエンス


講師: 織田孝幸(おだ・たかゆき)
楠岡成雄(くすおか・しげお)
日時: 2006年12月11日



数学カフェ 「確率の話」 BACK NEXT

三井:少し違う観点からの質問です。昔、教科書の後ろに、乱数表というのが付いていましたが、あれは、どうやって作ったものですか。

楠岡:昔の乱数表というのは、かなり怪しいものだったと思いますが、現在は、乱数を高速に発生させる機械があります。こういう乱数を物理乱数といいますが、放射線のガイガー・カウンターのようなものを乱数発生器として使うこともあります。実際の機械を見たことはありませんが、放射線の発生は無秩序だと信じられていますので、一個一個の放射線をカウントした時間が使われます。それでも、1秒間に数十万個くらいしか乱数を発生できないとされています。ところが、今、コンピュータでやる場合には、1秒間に1億個というような非常に長い数列が欲しいということがあります。

一番良いのは、正確にできたサイコロを振ることです。それを繰り返すと、かなりの乱数だと思われますが、1時間に何個もできません。昔、乱数を書く必要がありましたので、子供をだましてやらせましたが、5分くらいで飽きてしまって、だましきれなかったということがあります。

>>>放射線のガイガー計数管というのは不規則なんですか。

楠岡:放射線は指数分布に従って飛び出てくるというふうに信じられています。ただ、それが本当かどうかと問われても、それが乱数であるかどうかをチェックする術を我々は持たないわけですが、そういう物理量に基づいて自然に発生するものは、乱数ではないかと理解しています。

>>>専攻は法学です。原初の生命体が現れて以降、現在に至る迄、複雑な生命体が立ち現れる過程で、突然変異が非常に重要な役割を果たしています。1950年頃、ドクター木村という方が、Wisconsin大学で研究された成果として発表された有名なevolutionの理論のなかで、変異は全方位的にランダムに起こり、それが淘汰されて残ったり残らなかったりしているだけだと仰っています。素人目には、これだけの生物が多様化して残っているのを見ると、そこに何らかの規則性があるのではないかと感じるのですが、遺伝子あるいはDNA配列の変異というのは、数学の立場から見ても、ランダムに近いと言えるのでしょうか。

三井:今日は、分子生物学についても、進化についても詳しい方がおいでになっていますので・・・。

>>>ここで数学の先生が仰るように、厳密な定義を考えているわけではありませんが、変異はランダムだと信じています。

三井:それが、木村資生先生の説ですよね。数学的にはどうですか。

織田:数学では、たぶん、答えがないと思います。質問した方のお話では、変化した遺伝子が淘汰されるのを表現型で見ていることになりますよね。DNA配列の変化のパターンが淘汰に影響を及ぼすかどうかは、私の知る限り、たぶん誰も分からないのではないかと思います。

楠岡:確率論の分野には、集団遺伝学という分野があります。実は、木村資生さんが伊藤清さんにいろいろなことを仰ったという経緯があります。数学で集団遺伝学の確率モデルを作るときは、突然変異がランダムに起こることを前提にしないとできません。ただ、それがどれだけ現実を説明しているかについては、私は全く知りません。

>>>乱数の話が続いていますが、乱数というのは、確率を考えるときの最も良い例なのでしょうか。

三井:私も、なぜ乱数に深入りするのか、理解に苦しんでいます。非常に大きな桁数の乱数が、なぜ必要なのですか。

楠岡:お配りした紙の裏に、賽投げで一次方程式を解く例が書いてあります。実際には、これに対応する双六ゲームを作ります。その双六ゲームを延々とやると、この方程式の近似解を求めることができます。これは、モンテカルロ法のようなアイデアの出発点になっています。ここには9個の未知数がありますが、我々が普通に考えているときは、未知変数が10の何十乗もあるような方程式を解きたいわけです。そうした双六ゲームでは、最低でも数万回、あるいは、1億回、10億回、更には、10兆回でも100兆回でも、サイコロを振りたいわけです。100兆というと、そんなと思うかもしれませんが、未知変数は、それより遥かに多いのです。そのためには、非常に短い時間に、非常に長い乱数を発生させる必要があります

たとえば、ファイナンスのデリバティブなどというと、胡散臭いと思われるかもしれませんが、銀行でその種の商品を設計する場合には、完全に数学者みたいな人達が、そういう乱数を使っています。だから、そういうことができると、本当に嬉しいんですね。

三井:ここで、少し話題を変えて、素朴な質問をしようと思います。確率というのは、統計とセットで習いますね。確率を計算するときに、「場合の数」というのがあって、その中で何回起こるかという計算をしますね。そのような「場合の数」が分からなくても確率を出せるのでしょうか。現実問題としては、「場合の数」を厳密に数えられないことが多いのではないかと思いますが、そういうときは、どうやって確率を出すのでしょうか。

>>>そもそも、サイコロの目の出方が1/6ずつというのは可笑しいと思うんですね。完全なサイコロというのは世の中にないわけですから。サイコロだけでなく、コインもそうですし、じゃんけんにしても癖がありますから、1/6とか1/2とか1/3という確率が与えられでも、本当は違うのではないかと思っています。それから、主観確率という言葉がよく出てくるんですが、私にはわけが分からない言葉です。それと、最後の質問ですが、πも有限ではありませんが、やはり規則があるということなのでしょうか。

楠岡:私たちは、サイコロで乱数を作りたいとき、できるだけ正確な立方体のサイコロを作ろうとします。市販されているようなサイコロではありません。その対称性から、1/6の確率で目が出るのではないかと理解するわけです。しかし、ここで手に持っているサイコロを振って、1の目が出る確率がどれだけかというのは、私の答えようのない問題であります。

ところが、ラプラス(Pierre-Simon Laplace, 1749-1827)という人は、次のように述べています。この時代には、量子力学のようなものは無かったので、ラプラスは、物理の方程式(ニュートン力学)で全てが決まると信じていました。彼は、「もしも神のような存在が居て、方程式の初期状態を全て知り、かつ、満たすべき微分方程式を解けるとすれば、未来永劫を予測できる」と言ったのです。このような存在のことは、今では、?々、「ラプラスの悪魔」と呼ばれています。

ラプラスは次のような言い方もしています。「なぜ確率が出現するのか。それは、我々が全知全能ではなく、不完全な故に、先ず、最初の状態を知らない。方程式もよく知らない。それに、方程式を解くことができないからである」と。つまり、無知と無能の結果、確率という概念が出現するんだというのがラプラスの説であります。

ラプラスは、確率を論じながら、確率というのは完全に主観的なものだと考えていたのではないかと思います。私がサイコロを振って、何の目が出るかを尋ねたとします。ラプラスは、たぶん次のように言うと思います。「1から6までが出ることは知っているが、何がどれくらい出るかというのは、全く情報を得ていないのだから、同様に確からしいと理解しましょう」と。これに対しては、非常に多くの反論があります。

三井:その辺が確率の本質かなという気もするんですけども・・・。πについてのご質問がありましたね。

楠岡:πは計算可能なものですね。ですから、どこに1が出てくるかというのは、一応全部分かりますので、乱数ではないということです。

織田:反論ですが、πでも、有限の列を作るとしたら、どこからスタートしてもよいわけですね。そうすると、有限の列でも、予測するのは不可能ですよね。

楠岡:スタートするところを無秩序に選ばないといけませんので、そこに既に問題があります。それから、延々とやるうちに、そのうちに分かってくるだろうということですね。そういう二つの理由から、πは乱数とは言い難い。

>>>カオスでは、初期値が少しでも違うと、結果が全然違ってきますね。それは乱数の発生器に使えるのでしょうか。

楠岡:カオスを乱数の発生器として使おうとしている人達はおります。ただ、初期値をどう選ぶかという問題が起こるわけですね。これは無作為でなければ意味がないわけで、ここら辺がまだ難しい問題です。ただ、カオスをやっている人達は、信念として、初期値が少し違うと大きく離れていくという性質をもつというふうに考えています。それは疑似乱数と呼ばれるものですが、クヌス(Donald Knuth, 1938-)という人が知られています。

織田:高橋陽一郎の定理があるでしょう。パラメトリックなシステムがあって、そのほとんどがカオスなんだけど、一つ一つ取り出したら、それがカオスかどうかという・・・。

楠岡:それは、乱数発生とは少し違う話ですが、いろいろな考え方があるということですね。ただ、カオスというものは、厳密に言いますと、方程式が完全に記述されていて、初期値を知った瞬間に追いかけることができるということで、その意味では、完全な乱数ではあり得ないということですね。

>>>自然界における右と左の話ですが、多くの生物はL体というか、左巻きですけども、発生学的には、左でも右でもいいはずが、どちらかに偏ってしまった。これは、初期に簡単なバイアスがかかったからだという話を聞いたことがありますが、それは、その後のセレクトということが、確率的に大きく利いていると考えていいのでしょうか。

三井:これは、数学の先生よりも分子生物学の先生に・・・。

>>>どうして生物がそんなに偏ってしまったのかについては、二つの考えがあります。地球は太陽の周りを回っていますが、これは対称ではありませんので、そういう自然界に存在する非対称性が原因で必然的に起こったことなのか、何か偶然の要素で固定されたのか、答えは分からないのです。我々が、火星に地球とは独立の生命が欲しいと思っているのは、そういうことが知りたいということがあります。火星で反対向きだったとしたら、この宇宙全体では、おそらく対称ですね。火星でも同じ向きだとしたら、宇宙全体がそうだという保証はありませんが、もう少し真剣に考えようということになります。どちらか分からないときに考えても、後で答えが出たときに損するから(笑)、今はこれ以上考えないでおこうという立場です。


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