The Takeda Foundation
カフェ de サイエンス
カフェ・デ・サイエンス Top

カフェ トップ
第29回レポート
Page 1
Page 2
Page 3
Page 4
Page 5
Page 6
第29回リーフレット

第29回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  会田薫子(あいた・かおるこ)
  水谷広(みずたに・ひろし)
日時:  2010年5月31日



異端児のみる生命「生命倫理」 BACK

三井: また新聞記事を引っ張り出しますが、動物愛護協会などが、薬品や化粧品、食品のテストなどに動物を使ってはいけないと主張していて、日本でもそうした法律ができそうだという記事がありました.それも生命倫理の面から考えなければいけないことでしょうか.

大島: 動物愛護の観点から、動物実験は避けられる限り避けるということになっています.

三井: 脳神経の研究では、人間を使うわけにいかないので、霊長類を使うことが多いのですが、世間的に非難の的になるのでやり難いと言っている研究者がいました.それなら、イヌやネコならよいのか、サカナならよいのかということになりますが、それも反対意見が多いわけですから、結局、命あるもの全てについて考えなくてはいけない問題になります.しかし、現実的ではありませんね.

大島: 我々が食べる牛や豚は、食べるために飼育されている動物だから食べてもよいと言われています.それでは、実験のために必要だから、実験用の動物を飼育すればよいのかということになります.

水谷: 昔は人体実験が実際に行われていました.それは余りにもひどいということで、霊長類が使われることになりましたが、種が違えば薬効なども違うわけですから、人体実験するのが一番よいわけですね.生きているものは全て駄目だということになると、抽出した部品を組み合わせたようなものでやるしかありませんが、最終的には、臨床試験をやらないと分かりません.結局、倫理で縛って、バランスをとってゆくことしかないのでしょうが、そこから先は、僕も答えはありません.

三井: 人体実験に関しては、アメリカはかなり大胆なような気がしますが、会田さんは、そのようなことをお感じになったことはありませんか.

会田: アフリカ系アメリカ人を使った梅毒の研究がありました.それは、タスキギー研究と呼ばれ、アラバマ州にあるTuskegeeというアフリカ系アメリカ人の住民が多いところで行われました.1932年に始まって1972年まで続いていたと思います.戦前戦中には、ナチスの医師や、日本では帝国陸軍の731部隊の医師による人体実験がありましたが、戦後は批判されて、ニュールンベルグ綱領ができたという経緯があります.ところが、アメリカでは、戦争が終わってからも人体実験を平気でやっていたわけです.しかも、その当事者は公衆衛生当局でした.梅毒に罹患したアフリカ系アメリカ人の患者を治療するふりをして経過観察をしていただけなのです.1950年代には、梅毒はペニシリンで簡単に治る病気になっていました.梅毒はひどくなると脳症になるのですが、そうなった人を死後に解剖したりしていたのです.この研究は、医学会でも毎年発表されていたのですが、その報告を聞いた医師からは何の話も出ていませんでした.1970年代にAP通信の記者がスクープして全米に報じられました.国中が大変な騒ぎになって、結局、その研究は即中止になりましたが、これが近年では最も悪名高い人体実験だと思います.

ただ、薬の開発には、どこかで人体実験的なことが必要です.臨床試験は、動物実験の後で、1相、2相、3相と3段階ありますが、約束事を厳しく決めて、被験者に不利益が出ないような枠組みがとられています.

L: 最近では、人工呼吸器を外すと犯罪になるそうですが、ベッドに縛り付けられている人にとっても、それを見守る家族にとっても、気の毒なことだと思いますし、医療費などの社会的なコストがかかるということで、何かと問題が多いと思います.人工呼吸器を外すタイミングについて、現状はどうなっているのでしょうか.

会田: 延命医療あるいは延命治療の問題で、人工呼吸器については、その中止は法的社会的問題があるかのように言われて、大きな新聞記事になったものが近年何件か相次ぎましたので、現場の医師は人工呼吸器止めるようなことはしません.しかし、他の治療法については止めることがあります.医学的に不要な治療を中止するというのは合理的で医学的には適切な判断だと思いますが、現場の医師は、いろいろな治療法についてはそのように判断していても、人工呼吸器は止めません.脳死の方に対しても、止めないほうが多いと思います.

私たちは、2008年に、人工呼吸器の中止に関する調査をしています.1,000名近くの救急医に人工呼吸器の中止のことを聞いた調査というのは、日本で最大規模だったと思います.その調査で出てきた結果は、患者が脳死であっても、人工呼吸器を止めることができるという選択肢を患者家族に示す医師は、全体の2%以下だということでした.脳死の人でも、心臓を動かしておく昇圧剤と抗利尿ホルモンという二つの薬を調節しながら使っていけば、首から下の器官をある程度は維持することができます.ということは、脳死の人であれば、呼吸器を使っていても、この二つの薬を使わなければ、やがて終わりが来るということになります.かなりの数の現場の医師は、薬を使わずに、そのうちに終わりが来るというやり方をとっているというわけです.薬だけでなく、呼吸器の換気回数と換気量も調節することができますので、換気回数を減らしたり、酸素の送量を減らしたりして、静かに終わりが来るようにすることもできます.呼吸器を抜くというのは非常に目につき易い作業です.現場の人が最も嫌がっているのはマスコミ関係ですが、そういう人から人殺しだと騒がれるのは鬱陶しいので、呼吸器を外すことはしませんが、治療を終わるということはやっています.

三井: 治療を止めることには、胃ろうを止めたり、中心静脈栄養を止めたりすることが含まれますか.

会田: 胃ろうと中心静脈栄養にはまた別の問題があります.胃ろうというのは、お腹の表面と胃をくっ付けて開けた穴のことです.そこにカテーテルを通して、薬も投与しますが、主として流動食や水分を補給します.この食べ物を与えることを止めるというのは、また一つ非常に障壁が高いのです.何故なら、食べ物だからということになります.しかし、中心静脈栄養のような点滴の場合には、中身を減らすことができますので、そういうことはなされています.

M: そういう状態になる前に、本人が書いた誓約書のようなものは有効なのでしょうか.

会田: 法律上有効な決まりはありません.ただ、尊厳死協会の活動は社会的にそれなりに認められています.現在の会員は約13万人だそうですが、そこの会員になり、協会が作成した宣言書に署名・捺印して登録しておくと、患者さんの意思尊重を重視するドクターのリストがあるそうで、そこに相談ができるようになっているとのことです.他には、公証役場でお金をかけて作るという方法もあります.

M: しっかりしているうちに、自分の意思をはっきりさせておくことは非常に良いことではないかと思います.

会田: 尊厳死協会は、リビングウィルあるいは事前指示と言われるものを法制化しようと活発に活動している団体ですが、他にも、NPOなどで、いろいろなグループが活動しています.私の場合は、そういう会には入らずに、完全な私製文書として自分の意思を書き、それに署名して判子を押しています.そういう文書を作っている人は少なからずいると思います.ただし、実際に治療の中止を望む時には自分自身が既に発言できませんので、その時の担当医が私の意思を尊重してくれるという保証は全くないことになります.そうした意思を尊重したとしても、その医師が法律で守られていませんので、できませんと言われる可能性はあります.

三井: 何よりも強いのは法律なのですね.

会田: それはそうなのですが、法律で、これこれの時は意思が尊重されると書いてしまうと、その条件を悪用しようとする人が出てこないとも限りませんから、法律にすることの善し悪しもあるのです.

三井: 今日は、これで終わりにします.どうも、ありがとうございました.(拍手)


BACK


Last modified 2010.08.03 Copyright(c)2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.