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第29回レポート
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第29回リーフレット

第29回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  会田薫子(あいた・かおるこ)
  水谷広(みずたに・ひろし)
日時:  2010年5月31日



異端児のみる生命「生命倫理」 BACK NEXT

会田: 非常に難しいご質問ですが、今のところは、脳が働かなくなったら終わりとするほうが、本人にも周りの方も納得できると考える人が多いということではないでしょうか.もちろんこれで納得されない方もいらっしゃるとは思います.

私がアメリカで臓器移植の調査をしたときに、アメリカの移植医が、心臓の機能は血液を押し出すポンプのようなもので単純だから、心臓移植術は肝臓移植術などに比べれば簡単だと言っていました.肝臓は、化学工場をいくつも並べたような、機能的に非常に複雑なことをしているので、肝臓移植は難しいし、肝臓移植を受けた人の術後は、心臓移植を受けた人より良くないことが多いそうです.心臓移植は、日本での数は多くありませんが、移植術の中では最も安全性高く行えることが多く、しかも術後のQOLが高いのです.心臓移植を受けた人の中には、術後の傷が癒えると、生まれ変わったように良くなる人がいます.こうなると、心臓は非常に大事な器官ではあるけれども、人の生命を決める決定的な器官であるとは言えなくなると思います.

京都大学の先生達がiPS細胞の開発をしていらっしゃいますが、数十年はかかるとしても、個人の心臓のスペアパーツが作られる時代は現実になるであろうと言われています.しかし、脳の代わりは、できるかもしれませんが、今のところは全然現実的ではありませんね.

私は、パソコンのデータをバックアップしながら考えたことがあります.もしも、自分の脳のバックアップをするような時代になったら、寝る前の新しい習慣として(笑)、毎晩、今日の脳のデータをコンピュータに入れます.体のスペアパーツは全てできている時代ですから、たとえ交通事故で死んだとしても、脳のスペアパーツに、コンピュータに保存されている前日までのメモリーを戻してやれば、昨日までの私が再生できることになります.そうなると、私たちは死ななくなるわけですが、このようなことが決して起こらないと言えるでしょうか.誰かがどこかで決めれば起こらないかもしれませんが、クローン人間を作ってはいけないことになっていても、どこかで作っている人がいるかもしれません.それと同じような話で、完全に予防することもなかなかできないのではないかと思います.

三井: 脳をテーマにしたカフェ・デ・サイエンスで、脳とコンピュータを話題にしたことがありますが、そのうちにコンピュータが人間の脳を超えると言った方と、コンピュータはあくまでもコンピュータのままだと言った方が半々でした.

A: 人工心臓の研究なども進んでいるそうですが、私は、神経系を介した人工臓器に興味をもっています.医者の話では、人工内耳は何とかできているが、人工の眼のほうはまだ研究中だということでした.そのうちに、脳も人工的に作られるようになるのではないでしょうか.

大島: 人工的な脳は、いずれ、できるとは思いますが、脳の組織を作るのは比較的易しいと思われ、脳組織の再生ができるのは、そんなに遠い将来ではないような気がします(笑).脳の細胞は、一種の培養液の中に浮いているようなものですから、他の組織より、細胞増殖させ易いのです.少なくとも、パーキンソン病患者の壊れた脳細胞を部分的に置き換えるようなことは、近い将来に起こることではないかと思います.

脳を完全に再生できるようになると、個体の死というのは、あるのかないのか分からなくなってしまいますね.微生物は死んだ状態と生きた状態との間を行ったり来たりすることができます.スルメからイカに戻るようなことを、微生物では日常的にやっているわけです(笑).それを、あらゆる生物に拡大していけば、死というものは無いということになると思います.

三井: 「スルメとイカ」のお話は、以前にも出たことがありますが、多細胞生物では、そういうわけにいきませんね.

大島: 「E繋がり」と言っていますが、我々には、「大腸菌(E. coli)でできることは象(elephant)でもできる」という固い信念がありますから(笑).

水谷: 生命を分子レベルで研究できるようになったのは20世紀の途中からで、せいぜい50年か60年のことに過ぎません.そんな短い間に、これだけのことが起きたのですから、今から200年あるいは300年経ったときには、何が起こってもおかしくないと思います.46億年前に太陽系ができ、40億年前には生命が誕生して、長い進化の結果、僕らのような柔らかい組織からなる生き物がここまで発展してきましたが、これしかあり得なかったということではなくて、いろいろな進化の経路を見れば、他の可能性もたくさんあったわけです.今の僕らの常識ではあり得ないことがいくらでも起こっているのです.僕は、今ある技術で、いろいろなことが既に可能になっていると思っています.

そのように考えると、人間の生死の問題というのは、技術的なもので左右される以前に、人間とは何か、人間は何のために生きているのかといった哲学的なことを考えていくことが大事なのではないかと思います.例えば、体の全部を次々と精密な分子器械に置き換えていくことで無限に生きていけるとして、それで満足なのかといったことです.

会田: 死ななくなるということは、我々にとって福音でしょうか.恐らく、福音ではないと思います.だからこそ、私たちの命が有限であるということを見据えた上で、どういうふうに生きていくかということではないでしょうか.皆さんは、死ななくなったら、より幸せで、より安心でしょうか.

三井: どういう状態で生きていたいかということが問題ではないでしょうか.不老不死願望にあるような元気溌剌の状態が続く場合と、ただ生きているという状態が続く場合がありますが、年をとって今にも死にそうな状態でいつまでも生きているというのは、皆さんもごめんだと思いますね.

会田: 私の個人的な印象ですと、元気溌剌で若い状態のままであっても、これから千年生きるとか、千年経っても生命が終わらないということになったら、明日も頑張るということをしなくなるでしょうし、一ヶ月も経ったらうつ病になると思います(笑).恐らく、生きている意味を見失うのでないかという気がします.

私は大学院では医学系で勉強しましたが、今所属しているのは、文学部の大学院の中にある死生学という研究室です.その研究室は、死生学という新しい学問体系を作っていこうとしているのですが、死生学とは何かと聞かれたときに、死に照らされた生の意味を考える学問である、というのが1つの答えだと思います.つまり、より良く生きていくために、私たちの命が有限であることを考える.死ぬ時を目指すのではなくて、今日も明日もより意味をもって生きていくために、私たちの命に限りがあることを見据えた上で生きてゆく.そういう学問として私は考えています.

だから、私は、生に限りがあるというのは恵みだと思っています.ただ、思わぬ所で短く終わってしまったりすると大変不幸なのですが、そうでなければ、私自身は、限りある命だと思って生きていく中で頑張りたいと思います.

B: 千年の命があったらうつ病になるという話は、その通りだと思います.何十年も前の話ですが、1枚の紙に百年分の曜日が書いてある百年カレンダーというものが売り出されました.それを買った人が、そのカレンダーをじっと見て、自分の人生が空しくなって自殺したのだそうです(笑).それは本当の話で、自殺者が続出したために、結局、それは発売中止になったと聞いています.

コンピュータの能力の話をしますと、2025年か2030年くらいまでには1000ドルのコンピュータが人間の脳と同じくらいの演算ができるようになると推測されていますが、ほぼ確実にそうなるだろうとも言われています.そのとき、脳が行う記憶と演算に関しては、脳にマップができると思います.だけど、人間の機能はそれ以外にもいろいろとあって、脳だけで感じているわけではありません.例えば、恐竜の場合は、脳の神経は少なくて、肩と腰のところに大きな神経の瘤があったので、むしろそちらで考えていたのではないかという説がありますね.

さらに2050年か2060年には、人類全体の脳機能と同じくらいのコンピュータができるそうです.このように演算能力とメモリーはいくらでも増やすことができますが、動いている生体を総合的にマップできるでしょうか.また、それらをいかにモデル化できるのでしょうか.問題はそういうところにあるのではないかと思っています.

三井: 個々のコンピュータが人の脳と同じ能力をもち得たとしても、コンピュータ同士の繋がりはどうなるのでしょうね.

C: われわれ人間が生きているのは、所詮は意識の中で生きているに過ぎないのではないかと思っているのですが、そもそも、この意識はどうやって生まれるのでしょうか.意識についての本も何冊か読んでみたのですが、どれにも明快な答は書いてありませんので、それを聞きたいと思って来ました(笑).


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Last modified 2010.08.03 Copyright(c)2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.