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第27回レポート
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第27回リーフレット

第27回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  長瀧重信(ながたき・しげのぶ)
日時:  2009年12月21日



異端児のみる生命「放射線の影響」 BACK NEXT

F: 私は写真家ですが、チェルノブイリ原発事故の写真展で、「チェルノブイリの子供達」という写真を見たことがあります.生まれたばかりの子が人間の形をしていないとか、それこそ悲惨なものでしたが、それはどういうふうに判断したらよいのでしょうか.

長瀧: 被曝量から言えば、原爆の方が遥かに多かったのですが、原爆のときは8万人くらいの妊婦が把握されていて、相当期間、詳しく調べられました.奇形もありましたし、早産や死産もありましたが、結局、放射線の影響は認められないということになっています.

チェルノブイリ原発事故の年は、やはり奇形を心配して、ソ連全体の堕胎率がすごく高くなりました.我々の調査では大きな害は見つからなかったのですが、そういう報告をしているときに、日本の外務省が、カザフスタンの被曝者支援を国連に提案をして、高輪プリンスホテルに各国の大使を集めて説明会を開きました.そのときに、奇形の子供の写真がたくさん持ち込まれました.奇形児は、被曝とは関係なしにどこの国でも何パーセントかはいるものです.チェルノブイリ原発事故の直後は、魚、植物、動物の奇形も、随分たくさん展示されましたが、20年後には、それら全てが認められませんでした.IAEAからは、カザフスタンに被曝者がいるのかどうかも分からないのに、日本の外務省は何をやっているのだと言われて、大変に困ったことがありますが、結局、それきりになりました.

G: 奇形になるのは、胎内で放射線を浴びたからであって、放射線を浴びた後で妊娠した場合には奇形児が生まれていないということではないかと思います.テレビでも、胎児のときに放射線を浴びたから小頭症になったという話がありました.

長瀧: おっしゃるとおりです.胎児被曝は遺伝の影響とは分けて考えています.原爆で8万人の妊婦を調べたのは、胎児被曝ではなくて、被爆時の胎児が全部生まれてしまった後に生まれた子供の遺伝の影響を調べたのです.胎児被曝に関しては、小頭症や知能の発達障害が見られますし、被爆した時期が妊娠何日目かということと相関したデータはあります.小頭症も奇形と言えば奇形ですが、それ以外の奇形は胎児被曝でもありません.ただし、数が少ないので、被曝によって増えたかどうかという話はたぶんできないと思います.

G: 原爆の頃は、奇形が生まれても、表に出なかったのではないかと思います.

長瀧: ABCCができたのは原爆の1年後ですから、そのとおりだと思います.死なずに生きていた胎児被曝の子供は小頭症などと診断されましたが、その間に亡くなってしまった子供は、戦後の混乱期で調査されていません.

E: 「くすりのリスク」というテーマで行われたときに、発生の特定の段階でサリドマイドが作用すると奇形児になるという話があったと思います.他にも、中国の雲南省では、有鉛ガソリンを使っている車の排気ガスを吸って鉛中毒になるのは子供だと言われています.子供の代謝量は大人に比べて大きいので、吸い込む量も多くなるのではないかと思います.放射線については、胎児や子供に対する影響がどこまで調べられているのでしょうか.

長瀧: チェルノブイリ事故で子供に甲状腺がんが多いことの原因を探るために、広島大学でネズミを使った実験が行われました.動物代だけで1億円もかかる研究です.生後間もなくの仔、1週間後、2週間後と、いろいろな生育段階のネズミの仔に、外から放射線を当てたり、体内に放射性ヨウ素を取り込ませたりしたのですが、その影響は年齢と密接な関係がありました.特に生後まもなくの仔は、放射線に対して非常に感受性が強いという結果が出ています.まだ論文にはなっていませんが、甲状腺がんについては、チェルノブイリ事故の現象を動物で再現できたことになるのではないかと思います.原爆被爆者の調査でも、被爆時の年齢が大きく影響していることが発表されています.

胎性期における影響については、放射線以外の研究も非常にたくさんあります.私自身も、ネズミの受精卵を採ってきて試験管の中で培養し、いろいろな発生段階で、低血糖にしたり、高血糖にしたりして、糖尿病の母親から大きな仔が生まれるのはどの時期に影響があるかというのを調べました.ただし、放射線に関しては、そのような論文があるかどうかは分かりません.

H: 長崎医科大学で放射線医学を研究していた医師の永井隆博士は、長崎に原爆が投下される前に、白血病で余命は5ヶ月くらいだと言われていたそうです.その後、自らも被爆しながら被爆者の治療に当たって、闘病生活もしましたが、結局5年間くらい生存されました.永井博士は原爆被爆で亡くなったのかと思っていたのですが、放射線の医師だったということで、死因は、医師の職業病による死だったのでしょうか.それとも、原爆の被災地を歩き回ったことによる放射線の影響だったのでしょうか.

長瀧: 原爆50周年のときに、私は長崎大学の医学部長でしたので、いろいろな記録を集めることに関与しました.そこには、もちろん永井先生のことも入っています.私は現在、永井隆平和記念賞の選考委員になっていますので、先日も、如己堂を守っておられる永井先生の息子さんにお会いしたばかりです.そういうことで、永井先生が、長崎原爆の前から白血病だったということは確かですが、既に白血病だった方が被曝したらどうなるかということについては具体的に何も申し上げることはありません.その頃は、急性白血病になると100%亡くなりましたが、現在では50%くらい治療できると言われています.永井先生の場合は慢性白血病でした.慢性白血病になると、生命予後はそれぞれで、長く生きる人もいますが、当時は良い治療法があったとは思えませんので、自然の白血病の経過だったのではないかという想像はしています.

I: 今日は放射能の影響について、かなり誤解をしていたことが分かりました.放射能については、分からないことがたくさんあって、分からないことも大きな問題になっているということですが、放射性廃棄物の処理も大きな問題ではないかと思います.日本の場合は、原子力発電所の電力全体に占める割合が30%から40%で、これからもっと増えていくのではないかと言われていますし、アメリカでも原子力発電を再開しようということになると放射性廃棄物の保存が問題になりつつあると聞いています.放射性廃棄物については、どのようにお考えでしょうか.

長瀧: アイソトープ協会に所属していたこともありますが、とにかく、捨ててもよいという法律がありませんので、これまでの放射性廃棄物は全部溜めてあります.大部分は全く放射能がないのですが、お金を払って倉庫の中に置いています.

実は、PETに使う核種は例外的な措置がなされています.PET用の放射性物質は、各病院でサイクロトロンを動かして作ります.その半減期は1時間程度の短いものですから、患者さんに使った後、1週間も置いておくと、放射能はほとんど無くなります.この措置が認められることになった際には、私も頑張ったのですが、4つの核種だけは、病院に1週間置いておいて、その後は医療廃棄物として捨ててもよいということになりました.


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