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講師: |
大島泰郎(おおしま・たいろう) |
ゲスト講師: |
永田和弘(ながた・かずひろ) |
日時: |
2009年3月23日 |
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異端児のみる生命「細胞におけるタンパク質の品質管理」 |
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三井:フラフラしている奴は、シャペロンのお世話にならないのでしょうか.あるいは、シャペロンの力が及ばないくらいひどい状態になっているということでしょうか.
永田:たぶん、そういうことだろうと思います.
D:タンパク質の品質管理には四つの段階があるとのことでしたが、各段階への移行は何で決まっているのでしょうか.
永田:まず、変なタンパク質ができて、生産ラインがストップするときは、変なタンパク質がシグナルになって、あるタンパク質が別のタンパク質にリンを付けます.リンが付いたタンパク質はタンパク質の合成に必要なタンパク質で、リンが付くと、他の全てのタンパク質が作られなくなります.変なタンパク質が1個でもできると、全てのタンパク質合成をストップするという戦略で、これは一発で起こります.
次に修繕しようということになると、分子シャペロンを新たに作る必要がありますから、タンパク質合成をしなければいけません.これには、生産ラインを止める以上の時間がかかります.
修繕できないタンパク質を分解するためにも、先ず、あるタンパク質を合成し、そのタンパク質が別のタンパク質を合成して、それが分解を司るという、2段階のタンパク質合成が必要です.従って、これは、さらに長い時間がかかります.
そして、細胞ごと殺すというのは最後の手段ですが、これには4段階以上のタンパク質合成が必要になりますから、非常に時間がかかります.
人間世界のアナロジーを持ち込むのは非常に危険なのですが、それぞれの品質管理に要する時間から、以上のように解釈することができると思います.我々はこうした仕事をしているのですが、このストーリーが余りにも美しいので、あちこちで宣伝しましたけども、本当のところは、それが正しい判断であるかどうかは分かりません.
D:変なタンパク質を修繕しようとしたけれども駄目だっという情報は、どこから得ているのでしょうか.
永田:タンパク質を修繕すると、疎水性のアミノ酸は分子の内側に折り畳まれ、シャペロンに反応しなくなります.すると、修繕に必要だったシャペロンが余ってきます.これが修繕終了のシグナルになります.しかし、いくらシャペロンを作っても、修繕できない不安定なタンパク質がいつまでも残っていると、分解に必要なセンサータンパク質が活性化されます.
E:温度が上がるとタンパク質が変性して、フラフラするものができるということは、アミノ酸を人間に例えてみると、運動場にたくさんの人間がいて手を繋いでいる.そこには、玉転がしのボールみたいものもたくさん転がっている.温度が上がると分子のブラウン運動が盛んになるように、そのボールが人間にぶつかってくる.あたりどころが悪ければ、繋いでいた手が外れてしまう.このようなイメージを描いてみたのですが、どうでしょうか.
永田:アミノ酸の結合は非常に強いので、熱をかけただけでは外れません.ただし、折り畳んだ構造は非常に不安定で、構造を保持している力は非常に弱いものです.ここに熱がかかると、確かにブラウン運動が盛んになりますから、あちこちで振動を始めて形が壊れてしまいます.つまり、内側に折り畳んでいた疎水性アミノ酸が外に出てくるわけです.
三井:タンパク質が壊れていく理由はいろいろあると思いますが、遺伝子に刻まれている壊し方はどのようなものでしょうか.
永田:細胞は、タンパク質を壊すときは非常に慎重です.1個のタンパク質を作るのに、何百個というATPを消費するわけですから、無闇矢鱈と壊したらもったいない.そこで、駄目になったタンパク質を標的にして壊す方法があります.この場合は、壊そうとするタンパク質1個1個に目印となるタグを付けます.このタグはユビキチンという小さなタンパク質です.そのユビキチンを1個だけではなくて、4個も5個もつないでいきます.目印を付けたタンパク質だけを壊す分解装置もあります.これは20数個のタンパク質からできている巨大な装置で、プロテオソームといいます.
もう一つは、バルクで壊す方法です.これはオートファジー(自食作用)と呼ばれています.タコは空腹になると自分の足を食べると言われますが、我々の細胞も、空腹になると自分で作ったタンパク質を食べて、アミノ酸にまで分解し、そのアミノ酸で、また必要なタンパク質を作ります.このオートファジーという現象は、比較的最近の発見ですが、日本の研究者が非常に大事な役割を果たしています.
実は、最近、ある種の神経変性疾患にオートファジーが関係していることが分かってきました.このオートファジーに働いているタンパク質は何十種類もありますが、そのうちの1個が壊れたマウスは、神経変性疾患と同じ表現型を示すようになって、ローラーの上に乗っていられなくなります.
このように、我々が生きていくためには、常にタンパク質を壊していくことが必要です.それは、必ずしも、悪くなったタンパク質だけではありません.死んでもらわなければいけないタンパク質も常に存在しているのです.
たとえば、細胞には、DNAを作る時期、分裂する時期、その間に間期という周期があります.試験管の中で細胞を培養すると、24時間くらいで1回分裂します.このとき、ある特定の段階で消えてもらわないと、先へ進めなくなるようなタンパク質がいっぱいあります.そういうタンパク質は、ある一定の周期で作られ、働いて、そして消えていきます.消えることが次のフェーズに進むためのシグナルになっているのです.
より身近な例では、我々の細胞には、約24時間のリズムを刻む時計遺伝子があります.これも、あるタンパク質が、特定の時点で消えてくれることが周期を決めるためのシグナルになっています.たとえば、夜の間に合成されて、朝から分解が始まり、12時間くらいかけて無くなる.そして、夜になるとまた作られ始めるというように、そのタンパク質の合成と分解という周期で、細胞がリズムを刻んでいることが分かってきています.
大島:細胞の中で、本当に大事なタンパク質ほど細胞の中での寿命は短い傾向がありますね.どうでもよいタンパク質は、かなり長寿ですけれど(笑).壊さないと、そのタンパク質の量を調節できませんから、壊すこと自体が大事なのです.作っても、働いた後は、すぐ無くなって欲しいわけです.
F:多種多様なタンパク質が、様々な組み合わせで、多様なパターンの変化、運動、移動を起こして生命現象が生まれています.その根源にある「意志」とは何なのでしょうか.
永田:我々はダーウィン以来の進化論に組していますし、その考え方にも慣れてきていますから、トライアル&エラーで、今あるタンパク質だけが残ってきて、今あるタンパク質の組み合わせだけが生命を生み出してきたというふうに思っています.しかし、余りにもうまくできているので、本当にそれでいいのかなぁ(笑)という気もしてきますけれど、質問についての答えは何もないですね.
タンパク質の一生は、先ず、アミノ酸をつなげるというところが「誕生」でしょう.人間の成長と同じように、成長というのは大事だと思いますが、タンパク質が正しい構造をとる、成熟するというプロセスがそれに相当します.
それから、タンパク質が働くためには、正しい場所に運ばれなければいけません.細胞中の輸送システムというのは、非常に巧妙なメカニズムで作られています.実は、細胞の中にはレールがたくさんあって、その上を、荷物を積んだ車が走っています.レールには上りと下りがありますし、上り専用のモータータンパク質と下り専用のモータータンパク質もあります.送り方も二通りあって、私は、ハガキタイプと小包タイプと言っています.ハガキタイプでは、アミノ酸の並びの中に宛先が書いてあります.小包タイプの場合は、袋の中にタンパク質を入れて、一括して輸送します.宛先は袋に書かれています.その宛先を読み取って、目的地へ運ぶタンパク質もあります. 宛先があるのだから、行き先には表札があります.宛先と表札がピッタリ合えば、そこにモノを運び込みます.
特に、小包タイプの輸送を司っているメカニズムは非常に面白い.小包を運んで行った後は、その袋を戻してやらなければいけないので、帰りのレールも用意してあります.最近分かってきたことですが、細胞の端の方へ行くと、乗り換えて、別のレールを走るというのもあります.特に、神経細胞には非常に長いのがあって、これは長距離輸送ですから、それ用の別のタンパク質が発達しています.
細胞骨格には太さの違う3種類の繊維がありますが、そのうちの2種類はレールになっています.微小管という太いレールと、微小繊維という細いレールです.もう1種類の繊維もレールになっているのではないかと思っているのですが、それはまだ分かっていません."Trafic"という科学雑誌があって、細胞内輸送に関する論文だけを扱っています.
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