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講師: |
大島泰郎(おおしま・たいろう) |
ゲスト講師: |
永田和弘(ながた・かずひろ) |
日時: |
2009年3月23日 |
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異端児のみる生命「細胞におけるタンパク質の品質管理」 |
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三井:体の大きい人と小さい人とでは細胞の数が違うのですか.
永田:これも、分からないと言うべきだと思います.生まれたばかりの赤ちゃんと我々とでは、明らかに細胞数が違います.赤ん坊がどんどん成長するときに細胞分裂を伴いますので、細胞は増えてきますが、我々くらいになると、細胞はほぼ一定になって、後は減っていくだけです.脳細胞は1日に20万個は死ぬそうですから、1年で1億数千万個.恐ろしいことですが、それくらい無くなっても大丈夫だということですね.
大島先生の二つ目の質問ですが、タンパク質の中には、シャペロンを必要としないものもあります.しかし大多数のシャペロンは別のシャペロンに助けられて合成されています.では、最初はどうしたのか.それには、二通りの考え方があります.
一つは、母親が持っていた卵子の中にシャペロン・タンパク質があり、それが最初に働いて、次々とシャペロン作っていったと考えることができます.
もう一つは進化による考え方です.最初にシャペロンが現れた理由は、まだよく分かっていませんが、シャペロンは、タンパクの中でも、進化的に最も古いタンパク質の一種です.我々は、昔、バクテリアでした.今の我々には60兆個の細胞があって、体温もコントロールできる恒温動物ですから、少々のストレスで死ぬことはありませんが、1個のバクテリアは、ちょっとした外界の温度変化で死んでしまいます.バクテリアが生きていくためには、シャペロンでタンパク質の変性を抑えてやることは必須なのです.こういうシャペロン・タンパク質は、ストレスがかかったときに出てくるので、ストレスタンパク質という言い方をされます.バクテリアのストレスタンパク質も我々のストレスタンパク質も、ほとんど種類は変わっていません.
そうしたタンパク質ができる前は、RNAという核酸が、タンパク質の働きをしていたのではないかというのが今の通説です.RNAワールドと言っていますが、これも確定した考え方ではありません.タンパク質は、ただのヒモだと何の機能も持ちませんが、折り畳まれて表面に多くのデコボコができることが非常に大事で、このデコボコで他のタンパク質と相互作用するわけです.つまり、他の物質と相互作用するというのが タンパク質の基本です.RNAというのは、不思議なことに、若干の構造を作ることができますから、原始的なある種の機能を果たすことができます.我々の体の中にも、そういう機能をもったRNAの痕跡は到るところにあります.そうすると、RNAが最初にタンパク質を作り出したのではないか.その最初のタンパク質のいくつかは、ストレスタンパク質のシャペロンだっただろうと考えられるわけです.
以上のようなことを想像はしていますけれども、これについての直接の証拠は全くありません.
三井:皆さんが事前にお寄せくださった質問の中で一番多かったのが、アルツハイマーに関するものでした.「なぜアルツハイマーになるのか」というのと、「どうすれば、アルツハイマーにならないですむか」というものですが、やはりシャペロンが鍵を握っているのでしょうか.
永田:それはかなり大事な問題ですから、そういうことを研究している方は非常にたくさんいます.まず、「なぜアルツハイマーになるのか」ということですが、これもタンパク質が変性することによって起こる病気です.
先程の大島先生のお話に出てきたハンチントン病というのは、動作が踊っているように見えるので、かつて舞踏病と呼ばれていました.「赤い靴」というアンデルセンの童話に出てくる女の子は、赤い靴を履くと踊りが止められなくなって死んでしまいますが、映画では、確か、窓から飛び降りたような記憶があります.あのモデルがハンチントン病だと言われています.私の大学時代の友達が、最近、ハンチントン病で亡くなりました.身近にそういう人がいたことを全く知らなかったので、ちょっとショックでした.
基本的には、アルツハイマー病もハンチントン病もプリオン病も、原因は同じで、タンパク質の変性です.変性するだけならよいのですが、タンパク質というのは、変性すると仲間を呼び寄せるのです.暴走族と同じで(笑)、類は類をもって集まるわけです.
タンパク質変性疾患で問題なのは、そのタンパク質が本来何をやっているのかよく分かっていないことです.アルツハイマー病の場合でも、原因となっているタンパク質が元々何をしているのか分かっていませんが、これは細胞膜に突き刺さっているタンパク質です.それが、タンパク質を切る酵素で、二カ所切られます.そうすると非常に不安定になり、その切れ端同士がどんどん集まってきて、アミロイド繊維という繊維状の構造を作ります.こういうものができると神経細胞が死んでしまうわけで、アルツハイマー病の場合は、主に記憶などに関係する神経細胞がやられてしまいます.
その治療法の一つとして、変性したタンパク質の凝集を抑えるような薬を見つけようとしている研究者は非常に多くいます.
もう一つは、シャペロンを積極的に利用する方法です.シャペロンというのは、基本的に、疎水性アミノ酸にくっ付いて、それをマスクする働きをしています.アルツハイマー病の原因タンパク質はアミロイドβ(Aβ)タンパク質といいますが、シャペロンはAβタンパク質の凝集し易い部位にくっ付いて、凝集を防ぐ働きをしています.しかし、シャペロンで抑える方法は、まだ開発途上で、成果は上がっていません.
最も積極的に研究されている治療法は、長い前駆体タンパク質が酵素で切られなければいいということで、その酵素の活性を抑えようというものですが、これもまだ決定的な薬は見つかっていません.
三井:シャペロンが効いたかどうかを判定するのは難しいのではありませんか.
永田:シャペロンがタンパク質の凝集を抑えるという実験は、試験管の中で証明することができます.吉田賢右さんという大島先生のお弟子さんが、生卵にシャペロンをたくさん加えてやると、シャペロンを加えていない卵よりゆで卵になり難かったという面白い論文を書いています.これも、シャペロンがタンパク質の凝集を防いでいる例です.
三井:皆さんの中に、アルツハイマー病の予防に赤ワインが良いというので、毎日飲んでいるという方がいらっしゃるそうですが、シャペロンと関係ありますか.
永田:僕もワインが好きで、よく飲みます.特に赤ワインが良いということですが、抗酸化作用の効果は、科学的にも証明されています.タンパク質というのは酸化されると変性し易いということはありますが、シャペロンとの関係については、今のところ、はっきりしたデータはないと思います.そうした効用がなくても飲めば良いので(笑).
A:プリオンタンパク質は、アルツハイマー病のAβタンパク質と凝集の仕方が違うのでしょうか.
永田:正常なプリオンタンパク質は、我々の神経細胞にあるのですが、やはり、未だに何をやっているのか分かっていません.プリオンには良い形、つまり正常形と、悪い形、つまり伝播形があります.この伝播形のプリオンが我々の持っている正常形のプリオンに接触すると、悪い形のプリオンに変わってしまうのです.しかも、それが、脳の神経細胞の中で起こります.食べたタンパク質は胃で分解されるはずなのに、なぜ脳へ行くのか、誰にも分かっていません.何かすり抜ける機構があって、そこに到達するのです.
ひとたび伝播形のプリオンが入ってくると、正常形のプリオンはどんどん悪い形に変わっていって、やがて繊維(アミロイド繊維)になります.ある程度になると、適度に切れて、これが核になって、また別のプリオンになって他の細胞に移っていくわけです.アミロイド繊維は神経細胞を壊しますから、脳がスカスカになります.それで運動機能がやられてしまいます.今は狂牛病とは言いませんが、牛が狂ったようになるわけですね.
この病気は、病気の概念を大きく変えることになりました.プリオン病というのは、明らかに感染症です.従来の感染症は、コレラにしても、赤痢にしても、インフルエンザにしても、全て遺伝子が関係しています.つまり、病原体が、我々の体の中で自分の遺伝子を増やすことによって、感染力を拡大するというのが感染症だったのです.ところが、プリオン病というのは、遺伝子と全く関係ありません.プリオン病の原因はプリオンではないと言い張っている人もいますが、私はそんなことはないと思っています.
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