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講師: |
大島泰郎(おおしま・たいろう) |
ゲスト講師: |
永田和弘(ながた・かずひろ) |
日時: |
2009年3月23日 |
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異端児のみる生命「細胞におけるタンパク質の品質管理」 |
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A:アルツハイマー病の場合にも、プリオンと同じように繊維化するのでしょうか.
永田:アルツハイマー病で、悪くなった切れ端が、別の良いタンパク質をどんどん悪くしていくということは、今のところは知られていません.
ここ1年程の間に、日本の研究者によるものですが、アミロイド繊維をつくるアミロイド病がたくさん報告されていて、今はかなりの数があります.
従来の遺伝病というのは、何らかの酵素が欠損することで起こる病気でした.たとえば、フェニルケトン尿症の場合は、フェニルケトンを代謝する酵素が欠損しているために、フェニルケトンが体内に溜まります.従って、新生児では、フェニルケトンの素になるものを与えないような治療をするわけです.しかし、アミロイド病のような神経疾患やプリオン病などは、本来あるタンパク質の欠損でもなければ、タンパク質本来の機能が損なわれたことによって起こるものでもありません.タンパク質が変な形をとって凝集することで病気が起こります.これは、これまでの病気とは全く違う病気の概念です.
ハンチントン病は明らかに遺伝しますし、親から子へいくときに、さらに悪くなります.この原因タンパク質はハンチンチンと言いますが、ハンチントン病はハンチンチンが凝集する病気で、ハンチンチンの機能には全く関係ありません.
ハンチントン病も一種のアミロイド病ですが、アミロイド病は感染しないと考えられてきましたし、今でもそう思われていますが、最近、ある種のアミロイド病は感染するということが証明され始めています.たとえば、ある種のタンパク質を遺伝的にもつマウスは、アミロイド繊維ができて神経の病気になり、死んでしまいます.そのマウスを1匹だけ、動物舎の中でケージに入れて飼っておきます.すると、何ヶ月か後には、同心円状に、その病気が広がっていきます.空気感染するのではないかと言われたこともありましたが、どうも糞を食べたマウスに感染しているらしい.プリオン病と同じですね.
細胞がモノを取り込むとき、一番簡単な方法は、膜にある孔を通して取り込むことですが、もう一つ、物を包み込んで取り込む、ファゴサイトーシス(貪食)という方法があります.この場合、包み込まれたタンパク質は消化されないで、そのまま細胞の中に呑み込まれている可能性があります.本当は、そういう袋の中で消化する機構も存在しているのですが、何らかのメカニズムでそれを逃れていると考えられます.
最初に発見されたプリオン病は、ヒツジのスクレイピーという病気でした.スクレイピーで死んだヒツジの肉をウシに食べさせた結果、ウシがBSE(牛海綿状脳症)になりました.そのウシの肉を、肉骨粉にして、別のウシに食べさせていたイギリスでは、結局、何百万頭というウシを処分せざるを得なくなりましたね.しかも、それはウシにしか感染しないと楽観していたら、ヒトにも感染して、大問題になりました.
ヒトにもクロイツフェルド・ヤコブ病というのがあります.最初に見つかったのは、パプアニューギニアに住むフォア族に見られるクールー病という病気です.フォア族にはカニバリズムの習慣がありました.これは死者を悼む習俗で、肉親、家族が亡くなると、その肉を食べてあげます.そこでは、なぜか女性が早く死んでしまうというので、一夫多妻制だったそうですが、その土地に住む人だけが早く死ぬので風土病だと思われていました.ガジュセック(Daniel Carleton Gajdusek, 1923-2008)という人が、この病気はカニバリズムに原因があるということを突き止めて、それを禁止したら、パタッと止まりました.女性に多かったのは、男性と女性とでは、食べる部位が違っていたからで、女性は脊髄や脳といった危険部位を食べていたからだと言います.
この病気も明らかに感染ですが、これがバクテリアのような病原体による感染だったら、煮沸するとか、殺菌するとか、いくらでも防ぎようがあります.しかし、このタンパク質は、かなり熱に安定です.タンパク質は、一般に熱に不安定で、四十数度の熱で変性するものが多いのですが、このプリオンタンパク質は生半可に煮沸しても生き残っています.結局は食べないようにするしかありません.
三井:そのプリオンにも、特別のシャペロンが付いているということはないのですか.
永田:それも研究途上です.実は、酵母にもプリオンがあります.酵母のプリオンは、現在、盛んに研究が行われていて、いろいろなことが分かってきました.酵母のプリオンは、シャペロンがたくさんあると伝播形にはなりません.逆に、シャペロンが全くなくても伝播形になりません.つまり、伝播形への構造変化を起こすためには、何らかのシャペロンが必要だということです.従って、プリオンが伝播形になるのを防ぐためには、シャペロンを多くするかゼロにすればよいということになります.シャペロンをターゲットにした神経変性疾患やプリオン病の治療法を探っている研究者が多いのは、こうした研究があるからです.
B:何らかのシャペロンが必要だということは、シャペロンが変化してしまって、変化したシャペロンが伝播形のプリオンにしているということも考えられるということでしょうか.
永田:シャペロンが変性してしまっているわけではありません.タンパク質の変性というのは、内側に折り畳まれている疎水性のアミノ酸が外に出るような変化で、こうなると水になじみ難くなりますから、変性したタンパク質同士が集まって凝集するわけです.プリオンの場合は、伝播形のプリオンが正常形のプリオンを伝播形に構造変化させて、疎水性のアミノ酸を外に出してしまいます.そして、伝播形の悪いプリオンが凝集します.シャペロンの働きは、外に出た疎水性のアミノ酸と一時的にくっ付いて、元にもどしてやることです.
C:アミロイド病で遺伝性というのはどういうことなのでしょうか.
永田:ある種の神経変性疾患は明らかに遺伝性です.現在、最も良く分かっているのはハンチントン病です.ハンチントン病は、ポリグルタミン病とも呼ばれるように、グルタミンというアミノ酸が何十個も並んだハンチンチンというタンパク質によって起こります.正常なヒトがもっているハンチンチンは、グルタミンの並びが40以下ですが、ハンチントン病の人は、それ以上のグルタミンが並んでいて、ひどい人になると、百何十個も並んでいます.このようなハンチンチン・タンパク質は非常に不安定になって凝集します.こうした病気は、ハンチントン病だけではなくて、何種類もあります.
グルタミンの並びを決めているのは遺伝子です.この遺伝子が親から子に伝わるとき、ある段階で、このグルタミン・リピートが伸長します.特に、その遺伝子が父親から来る場合に長くなります.最初は30?40個の正常な範囲でも、親が50個以上のグルタミン・リピートをもつ遺伝子をもっていると、その子供は60個以上になるという具合に、だんだんと悪くなります.世代を重ねてグルタミン・リピートが長くなると、より早い年齢で発症するようになります.若年性で発症すると、よりシビアな表現型を示すようになり、早くに亡くなってしまいます.
凝集が起こるのは、グルタミンが並んだところがβシートと呼ばれる構造を作り、それが別のハンチンチンのβシートとくっ付いてしまうからで、その意味では、プリオン病と同じになります.
大島:アミノ酸一つの違いで変性が起こりやすくなっていることが遺伝的に伝わるので、遺伝的な素因があるのだと思います.それにしても、タンパク質の形が変わったり変性したりするのは、たかだか秒とか分の速さの現象だと思いますが、発病するまでの時間のスケールがまるで違います.その辺はどういうふうに説明されているのでしょうか.
永田:それは、タンパク質の出会いと、その凝集体の成長の速度だと思います.プリオン病の場合でも十数年かかりますし、ハンチントン病の場合でも、最初から病気の原因になるタンパク質を持っていても、40歳を過ぎてから発病することが多いのです.アルツハイマー病も非常に遅いですね.今は、神経細胞が侵されるほどの凝集体ができるまでに時間がかかるというふうに考えられていますが、本当のところはまだ分かりません.
少し専門的になりますが、実は、繊維になったり凝集したタンパク質は毒性をもっていないという説に変わりつつあります.凝集体になるまでのフラフラしている奴が何か悪いことをしているというわけです.暴走族でも、固まってしまえば大丈夫です(笑).
バイオの基本は、有用なタンパク質をバクテリアに作らせることですが、実際には、そうして作ったタンパク質はほとんど捨てられています.正しくできるタンパク質はほんの僅かで、大部分は封入体と言って、タンパク質が凝集した状態でバクテリアの中に固まっています.これは悪さをしません.生命というのは、フラフラしている奴がその辺に放置されていては困るので、それらを1カ所にまとめてしまうらしい(笑).
結局は、なぜもっと早く発症しないのか分からないということになって、混沌としていますけれど、僕は常々学生達に、「講義というのは、分かっていることだけを言っているのが良い講義ではなくて、何が分かっていないかを伝えることができる講義が最も良い講義だ」と言っています.しかしながら、何が分かっていないかを分かってもらうためには、ある程度、分かっていることを分かってもらわないと困るので、退屈な講義をするわけです(笑).
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