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講師: |
大島泰郎(おおしま・たいろう) |
ゲスト講師: |
永田和弘(ながた・かずひろ) |
日時: |
2009年3月23日 |
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異端児のみる生命「細胞におけるタンパク質の品質管理」 |
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三井:さて、皆さんは、細胞のイメージを捉えることがおできになったでしょうか.私が学生の頃、エンゲルスという経済学者の言った「生命とはタンパク質の存在様式である」という言葉に感心してしまったのですが、永田さんの書かれた『タンパク質の一生』を読んだ方の中にも、その言葉に納得したという方がおられたようです.
大島さんは、「タンパク質だけではないよ」と仰りたいかもしれませんが、次は、大島さんにお話して頂こうと思います.
大島:私は、こういう場所に座っていますが、参加者代表みたいなもので、このところは専らゲストの先生の話を楽しんでおります.今日も期待して来ましたが、特に三つほど期待していることがあります.
一つは、工学との比較です.生物を機械として見たとき、永田先生が仰ったようなタンパク質の品質管理は基本的な特徴の一つだと思います.タンパク質だけでなく他の細胞成分も厳格に管理されていて、核酸も、傷が付くと、それを直そうとします.細胞は生まれ変わるたびに遺伝子を作らなければいけませんが、基本的には核酸の材料を一つずつつないでヒモ状にしています.その作業をする酵素は、驚くことに、1種類のタンパク質だけなのです.ところが、DNAに傷が付いたり、間違ったつなぎ方をされたときに、それを直すためのタンパク質は十数個あります.
私は、ポリアミンという、生体にとって非常に大事な生理活性物質を扱っています.細胞内でポリアミンを作るのに必要な酵素の数は、たかだか4個くらいです.微生物によるビタミンの合成などを見ても、だいたい4?5個の遺伝子がかかわっているだけです.しかし、ポリアミンやビタミンなど、1つの生理活性物質の濃度に影響するタンパク質の総数(=遺伝子の総数)は、大腸菌で30個もありますが、その物質を作るのに必要な遺伝子は5個くらいで、残りの25個は、どこかへ運んだり、壊したり、外へ放り出したり、あるいは外から取り込んだりすることに使われている遺伝子です.我々の遺伝子の数は、バクテリアより何十倍も多くなっていますが、モノを作る基本的な仕組みは変わりませんから、そのために必要な遺伝子の数も変わっていません.
その上、バクテリアは、20種のアミノ酸を、全部自前で、基本の材料から作りますが、我々の場合は、20種のアミノ酸のうち半分くらいしか作っていません.残りの半分は、必須アミノ酸として、外から食べ物として摂取しなければいけません.他の生き物から奪ってくるわけです.これは経済でいうと、近代社会です.自分で作るのは、生き物にしろ何にしろ、効率が悪いので、他所から盗るほうが経済的だということです(笑).そうなると、アミノ酸を作るのに必要な遺伝子は、人間ではさらに減っていることになります.ところが、アミノ酸の代謝にかかわる遺伝子は逆に増えていて、そのほとんどが調節に携わっているのです.
このあたりは工学的なモノを生産するラインと大きく違うと思います.工学では、できるだけ正確に製品を作ろうとしますが、生命の機械のほうは、好い加減に作っておいて、その代わり、管理するほうにたくさんのエネルギーを使っているように思います.
二番目は、病気に関することです.タンパク質というのは、その形が重要な物質ですが、綾取りのように、指を一本引っ掛けるか外すかするとパッと形が変わるように、タンパク質の形が少し変わっただけで病気を引き起こします.病気の総数が八百八病あるかどうかは知りませんが、タンパク質の構造が変わったために起こる人間の病気は、せいぜい数十くらいでしょうか.つまり、数はそれほど多くはないのに、それがプリオン病、パーキンソン病、ハンチントン病といった脳にかかわる大事な病気に集中しているのがとても不思議なことだと思います.
最後に、永田先生は、国際的に有名な研究者ですが、歌人としても非常に有名ですので、「二足のわらじ」のような話も聞けたら面白いと思っています.
これで、私のイントロダクションの話は終わりにしますが、二つだけ、少し意地悪な質問で永田先生を困らせたいと思います.最初の質問は、我々の体の中にある細胞の数が60兆個というのは、誰が数えたのでしょうか(笑).それから、二番目は、タンパク質の形を整えるための分子シャペロンもタンパク質ですが、分子シャペロンというタンパク質の形を整えるための分子シャペロンはあるのでしょうか.これをやると、アリ地獄みたいなことになりますが(笑)、この二つの質問に答えていただければと思います.
三井:私も、シャペロンのシャペロンのそのまたシャペロンということになったら、どうなるのだろうと常々思っていましたので、是非、後で教えていただきたいと思います.
シャペロンというのはフランス語で、社交界にデビューするお嬢さんを、教育したり衣装を整えたりして、最初の舞踏会に連れて行く介添え役の女性のことを指す言葉です.ムーラン・ド・ラ・ギャレットというルノアールの有名な絵画がありますが、その絵の真ん中で、帽子をかぶっている人がシャペロンです.シャペロンはシャッポという帽子に関係があるそうです.
では、これから10分程度のお休みをとりますので、後半戦に備えて下さい.
(休憩)
三井:後半の部を始めます.最初に、大島さんのご質問にお答えしていただきましょうか.
永田:60兆という数に関しては、私も、大島先生と同じような疑問を抱いて調べたことがあったのですが、結局、誰が最初に言いだしたのかは、どこにも書かれていませんでした.正しい答えは、いろいろな情報を合わせて60兆程度だと言っているのだろうと思います.
一つは体積から計算するものです.人間の体積は、アルキメデスがやったように、水の中に沈めてみて、どれだけの水が溢れたかを測れば分かります.また、1個の細胞の体積は、細胞を1ミリの100分の1の直径をもつ球と考えて計算します.こうして、人間の体積を1個の細胞の体積で割る.実際に、こうした計算をした人がいます.先程、1個の細胞の中にタンパク質が80億個あるという話をしましたが、これも体積から計算されています.
重量で考える方法もあります.1個の細胞の重量は分かっていますので、体重をそれで割ればよいわけです.しかし、我々の体の中は細胞でぎっしりと埋まっているわけではなく、細胞がない組織はいっぱいあります.たとえば、結合組織はコラーゲンという物質で成り立っています.コラーゲンは私の専門ですが、27種類知られていて、全タンパク質の3分の1を占めます.それが細胞の外で繊維を作って、組織を支える役割をしています.これは細胞の外にあるので、細胞外基質と呼ばれています.
また別の方法では、一定量の組織を採ってきて、そこにある細胞をバラバラにして1個ずつカウントします.組織は細胞の塊ですが、プロテアーゼという酵素でコラーゲンなどを壊してやると、1個1個の細胞になります.それを、顕微鏡を見ながらカチカチと数えます.私も、20年前は、そんなことばかりやっていました.今では自動的にカウントできますが、昔は、赤血球や白血球の数を、そうして数えていました.
以上のようなことを全部総合して、60兆だと言っているのだと思います.いずれにしても、好い加減な数字で、50兆という人もいますし、70兆という人もいますが、誰も絶対に検証できません(笑).
好い加減な数字でよいのです.例えば、我々の口から肛門までの消化管はどれくらいの長さがご存知ですか.一人の消化管は約4メートルの長さがあります.消化管は、絨毛で覆われていて、襞がたくさんあります.この絨毛や襞を全て延ばして広げると、テニスコート1面分にもなります.これにしても、誰も測っていませんが、数字で見るのは面白いと思います.
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