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講師: |
大島泰郎(おおしま・たいろう) |
ゲスト講師: |
長谷川眞理子(はせがわ・まりこ) |
日時: |
2008年7月28日 |
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異端児のみる生命 「雄と雌をめぐる謎」 |
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F:サルの母親の中で、子供の死体を乾涸びるまで抱えている母親もいるし、そうしない母親もいるというテレビ番組がありましたが、サルの個体差も大きいのだろうと思います。今、牛や馬などの優生なクローン動物が作られていますが、もし、人間でも優生なものだけが生き延びるというようなことになると、ホルモンの分泌とか、雌雄の役割分担などは、どうなってしまうのでしょうか。
長谷川:私も実際に観察しましたが、ニホンザルでもチンパンジーでも、赤ちゃんが死ぬとすぐ捨てる母親と乾涸びるまで持っている母親がいました。あれは悲しんでいるわけではなくて、死んでしまったこと自体を理解していないのだと思います。赤ん坊というのは抱っこして運ぶものだというモードになっているとき、それが突然動かなくなってしまうと、サルの母親も一所懸命に考えて、何とかしようとします。例えば、赤ん坊の手足をガムテープで巻いて母親をつかめなくすると、母親は赤ん坊を両手でもって、二本足で歩いたりもします。でも、赤ん坊が死んでしまった場合には、何の反応もしませんし、ミルクも吸わなくなります。ミルクを吸わないという刺激が脳に行けば、離乳したことを認識するのと同じで、ホルモンが授乳モードから発情モードに変わっていきます。その切り替えが早い母親と遅い母親がいる。それには、個体差と共に季節的な要素が関わっています。こちらが感情移入すると、死んだ赤ん坊を一所懸命毛繕いする母親の姿は、本当に可哀想に見えますね。
大島:クローンに関しては、牛でしたら、我々にとって都合の良い遺伝子を選んで、例えば、乳がたくさん出るとか、美味しい食肉になるようなクローンを得ることはできますが、人間の場合、行動を決めている遺伝子は、決して1個ではありませんね。ところが、一個で決まるものもあるのです。「切れる」人に関係するかもしれませんが、尿酸の代謝酵素が働かなくなると、癇癪持ちになることが分かっています。遺伝病ですから、そういう子供は、産まれたときから癇癪持ちで、噛み付いたりするそうです。しかし、癇癪持ち全員が遺伝病ではありません。普通の行動と同じで、たくさんの遺伝子の組み合わせで癇癪持ちになります。ですから、どの遺伝子の組み合わせが良い人間かというのは、決められないと思いますし、それが性のある大事な理由だと思います。結局のところ、教育でも、遺伝子でも決められない(笑)。
長谷川:人間にとって何が良い遺伝子かというのは、永久に分からないし、クローン化操作などをしても、絶対うまく行かないと思います。例えば、集中力が高いということは、研究や思考に有利ですが、それは、周りが見えないということです(笑)。私も集中力は高いほうですが、今やっていることを外すことができなくて、ずーっと同じことをやり続けている。何か一つのことをやり続ける行為は、自閉症の特徴の一つとして挙げられていますね。だからこそ、そういう人達はカレンダーを全部計算できたりするわけです。良いクローンなんて冗談じゃない(笑)。
G:人間のほうが動物よりもホモセクシュアルになる確率は高いのでしょうか。また、共同繁殖する人間だからこそ、ホモセクシュアルな人にも何らかの役割があるのでしょうか。
長谷川:人間は共同繁殖なので、その人自身が子供を残さなくても、親戚の子供を育てれば、自分の遺伝子を残すことができるわけです。それは血縁淘汰(kin selection)といいます。人間が血縁淘汰によって自分の遺伝子を残す可能性は、他の動物に比べて、かなり高いと思います。 私の遺伝子は、38億年も繋がってきたのに(笑)、子供がいないので、何の役にも立たないまま、ここで切れるわけです。今思えば、本当に損をしたと思っているのですが、それでも、人間の場合には、文化的な貢献というのもありますけれど。
ホモセクシュアルに関しては、動物にもかなりあります。有名なのはゴリラですが、ホモセクシュアルなゴリラは異常なほど多いのではないかと思います。ゴリラは、雄一匹が雌数匹を囲う、一雄複数雌という繁殖形態ですから、あぶれ雄がたくさんいるわけです。そのあぶれ雄同士がグループを作って、あたかも雄と雌のグループであるかのように振る舞っています。
日本の研究者がルワンダへ調査に行ったときに、一番つまらなさそうなゴリラの群れを与えられたけれど、ずっと観察していたら、全員雄らしいということが分かって、それは大きな発見になりました(笑)。
そのゴリラの群れには、若い雄が数頭とシルバーバックという大人の雄が2頭いて、シルバーバックの1頭が若い雄と交尾する。若い雄は雌の役割をしているわけです。そして、シルバーバックの2頭はお気に入りの若い雄を巡って、すごく嫉妬して争うのだそうです。
それは、山際寿一(京都大学理学研究科)さん達の研究ですが、彼が言うには、たくさんいるあぶれ雄が、雌を獲得するチャンスが無い間だけ、そうやってはけ口を求めているのかと思っていたら、一度も雌をとりに行かないから、雄同士でウダウダやっていることに、どうも満足を感じているらしい。彼も、よく分からなくなったそうですが、今でも、そういう群れはたくさんあるのではないかと思います。
その他に、雌同士がカップルを作る鴨がいます。その雌は雄と交尾してくるのですが、雌同士でカップルを作って雛を育てます。そして、どちらかが雄のような振りをします。
H:僕は伝書鳩を20羽くらい飼っています。普通は、雄と雌が必ずペアになって、70-80%の確率で有精卵を産みますが、雌と雌、あるいは、雄と雄がペアになって、そのまま一生を過ごすものもいて、交尾もします。だから、全ての生物に見られる現象ではないかと思います。
I: 先の話に戻りますが、ホルモン次第で男性が優しくなるのだとしたら、家族思いの父親にするために、そのホルモンを与えればよいのではないでしょうか(笑)。
長谷川:共同繁殖という体制の中に占める父親の役割は千差万別ですから、ホルモンだけで説明することはできないと思います。一夫一妻制をとっている社会と、一夫多妻を容認している社会の男性とでは、女性に対する振る舞い方が全く違いますし、男性個人のバラツキもあります。また、一人の人間が同じパターンをとり続けるわけでもありませんし、社会的状況がそれを許さないこともあります。
最終的に個体差がどう生かされているかというのは、遺伝的な素因と、環境条件と、一生という時間軸の中のどの時点かという、この三つの軸で説明できるのではないかと思いますけれど。
三井:残念ながら、ここでお終いにしたいと思います。どうも有り難うございました。(拍手)
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