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講師: |
大島泰郎(おおしま・たいろう) |
ゲスト講師: |
長谷川眞理子(はせがわ・まりこ) |
日時: |
2008年7月28日 |
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異端児のみる生命 「雄と雌をめぐる謎」 |
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三井:あたかも生き物に意思や目的があって、それに従って行動しているようなお話になると、気になってしまうのですが・・・。
長谷川:人間というのは、自分は意思や目的をもって生きていると思っているから、全ての現象をそういうふうに解釈しないと気が済まないのだと思います。特に、命というものに対しては、成り行きでそうなったというのは、すごく嫌なのだと思います。だから、目的論的な説明が好きだし、目的論的な説明をすると納得しやすくなります。
B:遺伝子をシャッフルする機構をもたない生き物は滅びるということですが、単細胞の微生物やウイルスのようなものは、そうしたシャッフリング機構に近いものをもっているのでしょうか。
大島:大腸菌ですらそれに近い機構をもっているので、一般的には、性の起源は微生物にあると考えています。ただ、微生物でやっている遺伝子交換の仕組みと、雌雄での仕組みとは随分様子が違いますから、やはり、その二つは分けて考えたほうがいいと思います。
C:雌雄ができたことによって、不安定性が付与されて、より発展しやすくなったのではないかと思われますが、雌雄だけではなくて、第三の性というのはないのでしょうか。
大島:SFの世界では三つの性という話がありますが、二つの性だって、競争したり葛藤したりと、かなり複雑ですから、三つになったらもっと複雑になって、三つの性を発明した生物は永続できなかったのだろうと思います(笑)。
長谷川:自分の遺伝子に別の遺伝子を入れるとき、自分がいて相手がいて、1対1で2というのは最低限の数です。3以上は複雑になるだけですし、三つが同時に集まるチャンスはすごく少なくなります。2が必要十分であるというシミュレーションの結果は、たくさん報告されています。
それから、粘菌のように、雄と雌というのではなくて、mating typeというのがある生き物がいます。A、B、C、D、E、F 等とあって、AはB、CはD、EはFという具合に、組み合わせが決まっていますから、何種類あっても、どれとでも可能だというわけではありません。一番多いので30何種類まであるというのがいますが、それでも1対1ですね。そういうmating typeが分化するというのもたまにはあるようです。
大島:性というのは、自分の生存にとって有害な遺伝子を排除して自分たちの種を維持していくための機構であると同時に、遺伝子の組み合わせを変えることで進化の可能性をも広げた機構なわけです。つまり、自分達のアイデンティティを守るための機構であると同時に、それをまた変えるための機構になっている。そうした全く相反することを同時に発明したので、それが性の分かり難い理由の一つになっているのではないかという気がします。
D:有性生殖が有利なのは、Aという良い突然変異をもつ個体と、Bという良い突然変異をもつ個体から、AとBを両方もった個体が容易に生まれるからだという説明はとても分かりやすいのですが、それほど単純なものではないという話をお聞きしたいと思います。
長谷川:性のあるものが、性の無いものより有利な点や不利な点は、たくさんリストに挙げられています。そして、その有利であることの一つが遺伝子の修復可能ということです。それから、集団の中で、Aという突然変異をもつ個体も、Bという突然変異をもつ個体も、共に子孫が増えて有利だけれども、AとBの突然変異を両方もっていたら、もっと有利になるという場合、それぞれの系統で独立にAとBを両方もつようになるまでにかかる世代時間と、有性生殖で混ぜ合わせながらAとB両方もつものが出てくる世代時間を比べると、有性生殖のほうがずっと短い、というシミュレーションの結果がでています。AとBのような良い突然変異を一同に集めることが非常に有利だということは確かでしょうが、それこそが有性生殖の有利さであったという話は、多分、誰も思っていないと思います。
E:性が生まれやすい環境とか、生まれ難い環境というのはあるのですか。
大島:別の言い方をしますと、かなり高等な生物になっても単為生殖ができますね。単為生殖をするかしないかを選ぶ条件はありますか。
(単為生殖:単為発生ともいい、受精なしに卵細胞から個体が発生してくること。性を伴わない増殖で、急速に個体数を増やしたいときなど、下等動物ではよく起こる現象である。)
長谷川:二枚貝や巻貝のなかに、単為生殖をする集団と同じ種類、あるいは近縁の種類であるにもかかわらず、有性生殖をするものがありますが、そうした生物を利用して、有性生殖をする集団と無性生殖をする集団が、どのような生態学的条件の下で分布しているかを調べた研究がたくさんあります。その条件というのをリストアップしてみると、単為生殖するほうが多くなるのは、海水より淡水、低地よりも高山、密度が高いほうより低いほうという具合に、ユニバーサルではありませんが、ある種の傾向が出てきます。
その中で最も良い仮説は、病原体に対する抵抗性を指標にしたものだと思います。病原体というのはこちらの細胞膜を破って入ってきますから、病原体に抵抗するには、しょっちゅう細胞膜の構成を変えるほうがよいわけです。従って、病原体が多くいるような場所では有性生殖になりやすいという説明がなされています。特に、Curtis M. Lively(Indiana University)という学者が、ニュージーランドの淡水湖に棲む貝類を克明に調べて、多くの病原体がいる場所では有性生殖するものが多いということを非常にきれいに説明しています。これほど大きな集団について、遺伝構成から何から全部調べたというのは、今のところ、これしかないと思います。
三井:鮒(フナ)の単為生殖の場合も、そういうことで説明できるのでしょうか。
長谷川:それはよく分かりません。なぜ有性生殖になるかということは、謎の一つですから、まだ、全て詳細に説明することはできません。
実は、セックススキャンダルではなくて、セックス無しスキャンダルというのがあります。Bdelloidというワムシの仲間には、遺伝子を交換するシャッフリング機構が全くありません。これだけいろいろ説明されてきているのに、このワムシだけは、どうしてセックス無しでここまでやってこられたのか、未だによく分かっていません。最近論文が出て、読みかけたのですが、実はどこかでやっているのか(笑)。
それから、古生代頃に生息していたDarwiniaという巻貝の仲間でも、出てくる化石は全て無性のものばかりだということで、それもセックス無しスキャンダルの一つの例だと言われていたのですが、最近、化石を詳細に調べたら、実はセックスがあったということになっています。
大島:セックス無しのワムシは、遺伝子のDNAに損傷が起こったときの修復能が高いというようなことはないのですか。
長谷川: そのワムシは98%にまで乾燥して休眠することができますし、放射線にも抵抗力がありますので、修復能が高いことと関係があるのではないかといわれています。
三井:ここで5分間だけ休憩します。その間に次の戦略を考えておいて下さい。
(休憩)
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