The Takeda Foundation
カフェ de サイエンス
カフェ・デ・サイエンス Top

カフェ トップ
第20回レポート
Page 1
Page 2
Page 3
Page 4
Page 5
Page 6
第20回リーフレット

第20回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  長谷川眞理子(はせがわ・まりこ)
日時:  2008年7月28日



異端児のみる生命 「雄と雌をめぐる謎」 BACK NEXT

三井:後半を始めます。ヒトに関係したところの話に入りたいと思いますが、やはり、最初に少し、長谷川さんから、ヒトは生物ではありながら違ったところがあるというのを科学的にどのように解明していくかというあたりの話をして頂こうと思います。

長谷川:ヒトについては、一晩語り続けても終わらない(笑)。私は、生物学者として、生物学への興味から、いろいろな生き物を研究してきましたが、生物界を見渡して、自分という人間を見ると、人間も哺乳類なので、哺乳類としての人間性というのは非常に大きいと思います。哺乳類だということは、男性は妊娠・出産・授乳ができないということです。精子しか出さない雄と、妊娠・出産.授乳という子供に対する非常に大きなコストを負っている雌とでは、体のつくりだけでなく、生活における時間配分や、どういう行動に重点を置くかという適応戦略に関すること全てが違ってきます。だから、フェミニストが主張するように、男女の違いは精子と卵だけで、あとは全て平等だということはあり得ません。雌が繁殖のコストをここまで負い、そのことが余りにも効率が良いので、雄のやることがないというのが哺乳類ですから(笑)、雄と雌がどのように違うかということを、哺乳類の適応というところから見ていかないといけません。

しかし、人間が特殊なのは、お母さんだけで繁殖のコストを負うのは無理だということです。それくらい、人間の子育ては大変です。 私がチンパンジーの研究をしていたときを思い返しても、これは大きな違いだと思います。チンパンジーは五歳で離乳したら独り立ちしますから、それほど大変ではありません。ゴリラもオランウータンも同じで、離乳するまでは大変ですが、授乳が終わったらお終いです。

人間の子育ては、離乳した時点で終わりますか? いったいいくつになったら独立するのでしょう(笑)。世界的な文化を、歴史的に見ても、地理的に見ても、母親だけで子供を育てるのが当然という文化は一つもありません。つまり、人間の子育ては、母親だけでなく、父親や、親族、あるいは同じ境遇の女性などとの様々な社会的ネットワークができていないと成り立たないのです。チンパンジーの場合は、一年のうちの8割くらいは母親と赤ちゃんだけで暮らすわけですが、人間は、正に共同繁殖です。そこから、人間の特殊性が始まるのだと思います。

それに、人間の場合は、離乳で終わることなく、子供を一人前にするために、延々と20年間くらいは愛情を持ち続けないといけません。食事を与えたり、何かを教えたりするのも、ただ機械のようにやればよいわけではなく、そこには、深い愛情が必要になります。人間はチンパンジーの何百倍も愛情が深いと思います。そのような愛着・愛情関係は、社会的ネットワークがあるからこそ、母と子の間だけでなく、他人との間にも、夫と妻の間でも持つことができます。人間のように皆で一斉に共同作業をする生き物は他にいないと思いますが、その共同作業を成り立たせている基盤には、認識的に相手を理解できるということだけでなく、共同作業するのが楽しいし、一緒にいることが楽しいし、皆でコミュニケーションできることが楽しいという、そういうような動機付けもあると思います。

このように、人間の男と女というのは、子育ても含めて、あらゆる局面で共同作業をしなければいけませんから、それゆえに、また葛藤も出てきます。愛情の裏返しとなる憎しみも強いものがあるし、愛が失われたときの悲しみも深いものがあります。私がチンパンジーを見ていて、一番違和感を感じたのは、彼らの感情の平板さと一過性です。愛情にしても、憎しみにしても、悲しみにしても、あまり続きません。悲しみなどは、どのくらい悲しいのか、よく分からない程度です。こうした感情の複雑さは、人間がお互いに、特に子育てを中心として、皆で協力しなければ無理だというところから生まれてきたのだと思います。

人間というのは、哺乳類の基本を引きずっていながら、95%の哺乳類のように、雄が何もしなくても子供は勝手に育つという種類ではないので、雄と雌の協力と葛藤は非常に複雑になっています。


BACK NEXT


Last modified 2008.10.14 Copyright(c)2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.