The Takeda Award 理事長メッセージ 受賞者 選考理由書 授賞式 武田賞フォーラム
2002
受賞者
講演録
赤崎 勇
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Q&A






赤崎 勇
 
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[図 8]

[図 9]

[図 10]

[図 11]

[図 12]
[図 8]
ところで世界の様子をみてみますと、これは世界中で発表された窒化物半導体に関する論文の数を年度毎に示しています。縦軸はログスケールになっています。1969年にGaNの単結晶が初めて作られました。そして1971年に、暗いものでしたがMIS型の青緑色の発光ダイオード(LED)が作られました。そして研究はこういう具合に一時急激に立ち上がりました。しかしながら、世界中の多くの人の努力にもかかわらず、表面平坦でクラックのない高品質のGaN単結晶を作ることはできませんでした。さらに、その結晶は高濃度の残留ドナーを含んでおり強いn型伝導を示し、p型結晶の作製は不可能でした。そういうことで、世界中の殆どの研究者がGaNの研究から撤退していきました。

[図 9]
その頃、松下電器にいた私は、窒化物半導体に大きな関心を持っていました。そして、窒化アルミニウム(AlN)を気相成長で作り、その光学的性質を調べ,AlNの残留線を初めて見出しました。しかしエネルギーギャップが大きすぎるため電流が流れないので、1973年、GaNに重心を移し、1974年に分子線エピタキシーという方法では初めてGaNの単結晶を作りました。私は分子線エピタキシー法で作ったGaNの単結晶のデータを持って通産省の大型プロジェクトに応募しました。同じ時にNECの林さんがGaAsレーザの二次高調波を使って青色を実現するという提案をされていました。当時の工技院に目利きの方がおられて、この提案は二つとも大変重要である、しかし両方とも非常に難しい、できそうもないけれども一緒にやらないかということで、翌年の75年の4月から3年間の大型プロジェクトがスタートしました。私ども二人とも企業にいましたので、亡くなられた電総研の桜井健二郎先生と東京大学の田中昭二先生が委員として加わられて、四人で青色発光素子研究会というのをスタートさせたわけです。これは当時としては、国際的に見ても非常にユニークなことではなかったかと思います。

[図 10]
三年間の研究で、私のグループは当時非常に珍しかったと思うのですが、GaNの選択成長を行いました。それまでのMIS型ダイオードは非常に薄い層から電極を取り出さなければなりませんでした。私たちは選択成長によってi層の中にn+の電極を取り出すことに成功し、試作量産を数千個行ったのですが、本格的量産には至りませんでした。その理由はここに御覧頂くように、結晶が非常に汚かったためです。これでも大分良くなった方なのですが、結晶に多くのピットやクラックがありました。しかし、私は毎日この結晶を蛍光顕微鏡などで眺めていて、所々非常にきれいな部分があることを見つけました。そのときガリウムナイトライド(GaN)の素性の良さを直感しました。そこで、なんとかしてこのきれいな部分をウェーハ全体に広げることができたらーその時は多分鏡面になるだろうーこれはきっと素晴らしいものになるであろうと、思いました。それでもう一度原点、つまり"結晶成長"に立ち返ることにしました。

[図 11]
問題を整理しますと、結晶性が極めて悪いということと、もう一つは大量のドナー不純物を含んでいるということです。私はこの二つの問題は無関係ではなくこれらは同時に解決すべき問題であろうと思いました。前者に関しては鏡面のような結晶にしなければならない。と同時に、この10の19乗から20乗くらいもある残留ドナー不純物を、少なくとも15乗程度にまで下げたい、と思いました。

[図 12]
ところで結晶成長で最も重要なことは、どういう方法でやるかということとその条件をどうするかということです。ほぼ4年間の検討の末、分子線エピタキシー法は、非常に優れた方法であるが、こと窒化物に関しては窒素の蒸気圧が高いために、適していないと考えました。またそれまで主にやられていたHVPEという方法ですが、これは反応部分が二つの領域に分かれており、また成長速度が早過ぎる、これは良質の結晶を作るのにはあまり適していません。もう一点、ここには詳しく書いてありませんが、逆の反応も起こりうるので、これはエッチングが起こることを示唆しています。そこで当時ほとんど行われていませんでしたが(1)MOCVD (MOVPEともいいますが)この方法を私は採ることしました。それは単一温度領域での成長であるということ、成長速度が前二者の中間であるということ、それからもう一つ大事なことはこの矢印のようにこの反応は不可逆的であり、反対側への反応は進みません。したがって、これは非常に制御性がいいと考えたわけです。ところで、結晶成長法をこのように具体的に決めますと、次は、基板は何にするかということになります。実は、SiとかGaAsなどは良質の単結晶ができておりましたが、MOCVDでは1000℃近い温度でアンモニアという非常に還元性の強い雰囲気の中で成長させるために、それに耐えることが必要です。その耐性と結晶の対称性ということを考えて、GaNと同じ三回対称性をもつ(2)サファイアを選ぶことにしました。当面、―将来良い基板ができるまで― と思いました。1979年にこの二つの重要な決定((1)、(2))をしましたが、その後、私は名古屋大学に戻ることになりました。


 
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