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この業績は、ゲノムの構造解析や遺伝子の機能解析のために、多数のDNAを同時に分析する手段を提供した。個々の遺伝子やタンパク質について調べた結果を積み重ね解析を進める以外に方法がなかった時代には、多数の遺伝子が相互に影響しあって制御している生命現象を動的に捕らえることは困難であった。DNAマイクロアレイを使い、多数のDNAを一度に定性、定量分析することによって、細胞で働いている多数の遺伝子の時間的変化の追跡や、生理的条件の異なる細胞での遺伝子の活動状況の比較ができる。
DNAマイクロアレイは、主として、遺伝子発現解析と遺伝子変異の検出に利用されている。遺伝子発現解析では、体の異なった部分の細胞それぞれの性質や振る舞い、また発生の過程や生理的応答や病気の特徴を、どのタンパク質がどれだけつくられているかを特定できるメッセンジャーRNAをDNAマイクロアレイで調べることによって追跡する。生物は、状況に応じて遺伝子発現を調節して、必要なタンパク質を合成する。それに伴って増減するmRNAの量を測るためにDNAマイクロアレイが使われ、がんやウイルス疾患などの進行状態による遺伝子発現の変化を蛍光パターンとして視覚化できる。これを診断や治療、あるいは医薬品の探索に対応させる試みが、すでに始まっている。ヒトゲノムのDNA塩基配列は人により異なっている。特に1個の塩基が異なる状態は一塩基多型(SNP)と呼ばれ、この違いが、病態の差、治療薬に対する反応の差として現れるため、注目されている。このSNP解析でも、DNAマイクロアレイは威力を発揮しており、個人個人に最も適した医療への道が開かれつつある。
DNAマイクロアレイとは、ガラスなどの基板上に塩基配列の異なる何千何万種のDNAを格子状に整列させたものである。試料DNAまたはRNAの中から、基板上のDNAと結合するものを蛍光標識により高感度で検出できる。DNA鎖が、相補性のある塩基同士の対をつくって結合するハイブリダイゼーションという現象を利用している。結合した位置からDNA塩基配列の情報が得られ、蛍光強度からはDNA量の情報が得られる。
Stephen P. A. Fodorはコンビナトリアルケミストリーのベンチャー企業アフィマクス社の技術者であったが、1991年、半導体チップの製造工程で使用される光リソグラフィーの技術をコンビナトリアルケミストリーに利用して、オリゴヌクレオチドをガラス基板上に並べて合成することに成功した。そして1993年、この技術を基にアフィメトリクス社を設立した。製品はGeneChip®という商品名で1994年から販売され、DNAマイクロアレイの先駆けとなった。
Patrick O. Brownは、遺伝子DNAの一部分をそのまま基板上に固定すれば、比較的安価に、多様な研究に合わせた独自のDNAマイクロアレイが簡単につくれるのではないかと考え、1995年、自作のロボットアームを使って、金属の針で少量のDNA溶液をスライドグラス上に並べて付着させる方法を報告した。開発された技術は、1996年、ロボットの作り方から反応条件まで、すべてがインターネット上に公開された。この方法の公開によって、DNAマイクロアレイを使う研究に多くの研究者が参加できるようになった。
FodorとBrownの創出したDNAマイクロアレイは、それぞれの特徴を生かし、様々な研究に対応することができる。また、商業化と作製法のインターネット上での公開が相乗的に作用して、DNAマイクロアレイの普及を促した。DNAマイクロアレイは医療だけでなく、農作物の効率的改良や環境耐性の獲得にも広く使われている。これは、生活者の富と豊かさ・幸福への貢献であり、この工学知とテクノアントレプレナーシップに富む業績に、武田賞を贈る。
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