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第26回レポート
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第26回リーフレット

第26回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  河合剛太(かわい・ごうた)
日時:  2009年10月26日



異端児のみる生命「RNA」 BACK NEXT

大島: 先程、若い頃にRNA分解酵素の研究をしていたという話をしましたが、そのとき、酵素活性の測定法を改良して、RNAが分解していく様子を光で追うことができる鋭敏で簡便な方法を見つけました.その方法を使って実験を始めたのですが、驚いたことに、RNA溶液を作って置いておくと、酵素も入れていないのに、RNAがどんどん壊れていくのが分かるのです.ガラス器具などを手で触れてはいけないということは知っていましたが、空気中のバクテリアが入っても分解されてしまうのです.私の研究室では、土の中の微生物を調べていましたので、そうした微生物が空気中に舞っていて、どの部屋でもうまくいきませんでした.最近になって、また土壌中の微生物の解析を始めていますが、そのRNAを取り出す作業は、高価な測定機器が置かれている人の出入りが少ない部屋を利用しています.その部屋以外ではできません.RNAというのは、自然界では、それくらい簡単に壊れていってしまいます.

河合: 自然界には壊れないRNAもいます.植物に感染するウイロイドというのは、タンパク質も何ももたず、数百残基のRNAだけでできています.それが、畑の土の中で、冬を越して生き残ったりします.例えば、ジャガイモに感染するやせいも病ウイロイドの場合には、それに感染していることを知らずに土を耕してしまうと、次の年には、その畑でつくったジャガイモが全滅することもあります.

三井: ウイロイドも、細胞の中に入って、その細胞の道具を使って増えるのですか.

河合: そうです.ウイロイドはRNAだけで、そこには遺伝子もありませんから、タンパク質も作りません.細胞の中の道具を使って複製されるのですが、RNAは自分自身でも働くことができます.RNAがRNAを切るというリボザイムとしての活性が最初に見つかったのがウイロイドで、ハンマーヘッド・リボザイムが有名です.ウイロイドは細胞の中で、連なった状態で複製されますので、1個ずつのウイロイドが切り出されるときに、リボザイムの働きが必要になります.

三井: ウイロイドは、RNAワールドの生き残りだということになるのでしょうか.

河合: ウイロイドは、細胞の中でしか増えることはできませんから、それは何とも言えません.

D: 先程から、高等生物とか下等生物、あるいは、頂点に人間がいるという表現をしておられるのですが、そこには厳密な定義があるのでしょうか.

大島: 地球生物の全体が1枚のジグソーパズルの絵だとすると、人間はその中の1片にすぎないと思っています.バクテリアまで含めて、特にどの1片が上等だとか下等だとか、上位だとか下位だとか、優れているとか劣っているとか、そういう関係はないと考えます.それにもかかわらず、生物ごとに特徴的な機能をもっていますから、特定の機能に着目すれば、特定の生物が多才だということになります.そういう話をするときに、擬人法は分かりやすいと思います.そういう意味で、ヒトを1つの頂点に置くような説明の仕方を取り入れることがしばしばあるのだと思っています.

河合: 何を基準に置くかによって、上下関係は変わります.先程のヒトが頂点にいるという話は、RNAの数を基準にしたわけですが、遺伝子の数でいうと、植物のほうが圧倒的にたくさんあります.植物は、水と二酸化炭素と光があれば生きていくことができますので、ありとあらゆるものを作るための遺伝子がたくさんあります.僕らは食物で補うことができますから、それ程までに遺伝子は要らないわけです.植物は、細胞の中にある物質の数も圧倒的にたくさんありますから、こういうものを基準にすれば、植物のほうが上になります.

メンデルの法則のなかに「優性の法則」というのがあります.「優」という字を使っているので、優性のほうが優れているような気がしますが、単に遺伝子が働いているか働いていないかの区別に過ぎません.高校の教科書を見ると、必ず、「形質の優劣ではありません」という但し書きがあります(笑).そうしないと教育上も困ると思いますが、その字を違う字で書いていたら、遺伝に関するイメージが随分違ったのではないかと思います.

E: 人間は自分を尺度にしてしかモノを見ることができませんから、サイエンスといえども、完全にニュートラルではあり得ないと思います.サイエンスで自己中心的になるのは可笑しいけれど、人間の生まれつきの限界みたいなものだから、注意しながらやるしかありません.

大島: 人間の特徴は、やはり脳の機能が発達していることだと思いますが、RNAの発現が脳で特に多いということはありませんか.

河合: RNAが神経でたくさん働いていたら、ストーリーとして面白いのですが、実際にどのくらい多いのか分かりません.数の問題は難しくて、この本(『機能性Non-coding RNA』)に書いてある内容が、先週の生化学会では、また変わってしまいました.先程から、RNAはたくさんあると言ってきたのですが、ある研究者が、ヒトの1個の細胞の中にあるRNAの数を調べたところ、タンパク質をコードしているメッセンジャーRNAは約4万個、それに対して、タンパク質をコードしていないRNAは約1,000個、それ以外のものはほんの僅かしかなかったそうです.数の議論はまだまだこれからだと思います.

三井: チンパンジーのゲノムとヒトのゲノムの違いが極僅かしかないということで、ガッカリ、あるいはビックリしたと思いますが、その後、詳細に調べられた結果、違いは脳神経に関係する遺伝子にあったと聞いています.

河合: タンパク質の遺伝子に関しては、チンパンジーとヒトでは、ほぼ同じです.たぶん、数もほとんど変わらないと思います.他のいろいろな生物と比べでも、ほとんどのタンパク質は良く似ています.しかし、RNAの遺伝子は生物ごとに違うことが多い.もっとも今はRNAの遺伝子だと思っていますが、本当に働いているかどうかは分かりません.従って、まだ結論は出ませんが、RNAが生物ごとに違うということが、最終的に生物の違いに結びつく鍵を握っているのかもしれないということです.それも、特に、RNAが制御して複雑な生物になっている場合です.ちょっとしたRNAの違いが、形態や構造といった大きな違いにも関係している可能性があります.

三井: 河合さんの本の中に、あるRNAを見つけてきて、そのRNAの働きを調べることは非常に難しいが、ある生命現象の中で、変なことがあるなと思って調べてみたら、その原因はRNAだったというようなことは割合あると書かれていました.


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Last modified 2009.12.15 Copyright(c)2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.