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講師: |
大島泰郎(おおしま・たいろう) |
ゲスト講師: |
遠藤浩良(えんどう・ひろよし) |
日時: |
2009年8月17日 |
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異端児のみる生命「クスリのリスク」 |
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H: 一旦市場から消えたサリドマイドとキノホルムがまた使われるようになったそうですが、どういう経緯で再び使われるようになったのでしょうか.また、医薬品の中では、こういうことはよくあるのでしょうか.
遠藤: 副作用が致命的で社会的に無視できない問題だということになると、法律的に、それを医薬品のリストから抹殺するという形で市場から消えていきますが、化学物質としては残っているわけです.従って、科学技術が進展し、その化合物に新しい薬理作用が見いだされたときには、そのための薬理試験をやり、そこで有効性が示されれば、新たな医薬品として申請する理由と価値が出てくることになります.
サリドマイドの場合は、催眠作用とは無関係な制がん作用で有効性が確認されましたので、欧米ではかなり早くに、日本でも最近復活しました.ただし、主作用が制がん作用だとしても、妊娠可能な女性が飲んだりすると、かつて社会的に大問題になった副作用は全く同じように出てきます.それは防ぐ必要がありますから、ものすごく厳密な使用方法を規定しています.例えば、製薬会社が、一人一人の患者について服用記録を付けたり、がんで亡くなった後に残った薬を数えて回収したりと、非常に面倒な手順を作ったものですから、それにかかる費用が莫大なものになって、サリドマイドの薬価がえらく高いものになっています.それで、メキシコなどで売られているサリドマイドを個人輸入したほうがはるかに安いということになって、これが今大問題になっているわけです.
実は、メキシコでサリドマイドを制がん剤として売り出したとき、日本のような識字率の高い国では起こらないことだと思いますが、文盲の人達にも分かるようにと、注意しなければいけないことを絵にしました.その絵というのは、妊婦に×(バツ)を付けたものだったのです.ところが、その絵を見た人は、これは避妊薬だと思ってしまうのだそうです.日本でも残置薬というのは非常に問題になっていますが、メキシコでは、使用されずに残った薬を避妊薬だと思って飲んだ女性から多くの奇形児が生まれて、大問題になっています.そういう事実があるので、日本でも非常に厳格にやっているわけです.
私はサリドマイド事件の頃に大学を卒業したのですが、それに関する実験もやったことがあります.その当時既に、私の先輩の有機化学者は、サリドマイドの化学構造を見て、これは何らかの制がん作用があるに違いないと言っていました.そして、一緒にやらないかと誘われたのですが、サリドマイド被害が余りにも大きかったので、それを新たな薬として考えること自体が世の中から指弾を受けかねないような時代だったものですから、その話には乗りませんでした.今考えてみると、あの大先達のアドバイスに従っていれば、今頃は世界に名を馳せていたかもしれない(笑)と、内心では思っているのです.
キノホルムはアルツハイマー病の薬として復活しようとしています.かつてのように人生50年と言われていた時代には、アルツハイマー病は極めて稀な病気だったのでしょうが、今日のように、我々男性でも平均寿命が80歳近くで、女性の場合には80歳をはるかに超えているという時代には、アルツハイマー病はかなり一般的な病気です.そうすると、これに対する何か良い薬はないかということになるわけです.これまでの知見から、キノホルムが有効らしいということが分かってきましたので、現在では、キノホルムが復活する可能性は十二分にあるという状況ですが、これも注意をしないと、かつてのような副作用の問題は当然ありますから、使い方は非常に厳しくなります.
B: サリドマイドの光学異性体の一方が奇形を起こすということでしたけれど、新規な使われ方をしているものは、その問題は解決しているのですか.
遠藤: サリドマイドの光学異性体、S体とR体のうちで、S体に催奇性があるということでしたが、動物に投与すると、体内で簡単にラセミ化してしまうために、S体とR体を分けて投与しても、結局同じ結果になります.S体とR体を分けるというのは、ケミストリーとしては大変面白い話だったのですが、医薬の問題としてはあまり意味がなかったという結論になっています.
I: 異性体のチェックは、医薬品の分野では厳密に行われるようになっているのでしょうか.
遠藤: 私はよく存じませんが、そういうことを厳密にやっても、実際どれだけの意味があるのか分かりませんので、あまり真面目にやっていないのではないかと思います.ビタミンEなどでも、天然型という言葉が使われますけれど、天然型に意味があるとは考えられません.
E: 『鏡の国のアリス』で、「鏡の中の牛乳は飲めない」という行がありますが、実際に飲めないそうですね.
大島: 天然の糖の逆型であるL体は甘くありませんからね.ところが、天然のアミノ酸の逆型であるD体は甘くて、全くエネルギーにはなりませんから、ダイエットの理想的な甘味剤になります.ただし、合成するのに莫大なお金がかかりますから、商品化はできません.
最後に、遠藤先生にお聞きしたいのですが、今日のお話に出て来た薬の多くは「病気を治す薬」でしたが、「病気にならない薬」の、将来の見通しはいかがでしょうか.
遠藤: 「病気にならない薬」を考えるよりも、「病気にならない生活」を考えたほうが良いのではないでしょうか.(笑)
三井: ということで、終わりにしたいと思います.
(拍手)
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