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講師: |
大島泰郎(おおしま・たいろう) |
ゲスト講師: |
遠藤浩良(えんどう・ひろよし) |
日時: |
2009年8月17日 |
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異端児のみる生命「クスリのリスク」 |
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E: 「薬石効なく」というときの「石」は石膏のことですか.
遠藤: それも一つだと思いますが、鉱物生薬のことですね.
大島: 複数成分の複合効果的な考え方は漢方に特有ですか.例えば、エジプト、ギリシャからローマに繋がる文明でも生薬は使っていたと思いますが、漢方とは考え方が違うのでしょうか.
遠藤: 考え方は同じだと思います.私が勉強してきたのは西洋科学に基づく学問ですが、その中にも同じ考え方はあると思っています.
私が30年程前に行った研究ですが、骨の石灰化には、副甲状腺ホルモンと、ビタミンD3の代謝物である1,25-ジヒドロキシビタミンD3と24,25-ジヒドロキシビタミンD3という3種類の化合物が共存することの必要性を明らかにして、Natureに発表しました.その当時は、今でも多くの教科書に書かれていますが、副甲状腺ホルモンは骨を破壊する作用のあるホルモンだと考えられていました.また、24,25-ジヒドロキシビタミンD3は不活性な代謝産物であるとアメリカの学者が発表して、それを世界中が信じていましたので、アメリカの編集部に送ると握りつぶされると言うので、イギリスの編集部へ送ったわけです.それは、神奈川県の相模湖にある帝京大学薬学部の創設に関与した私が、そこへ赴任をして初めて出した論文でした.
その論文の発想は、大学が相模川に沿ったところにあったことと関係があります.相模川の上流には相模湖のダムがあり、その下流の私の家の近くには津久井湖のダムがあります.相模川の水を河口まで流そうとするとき、下流にある津久井湖のダムを閉めたままで、上流の相模湖のダムを開けても、河口まで水は流れません.また、相模湖のダムを閉じて、津久井湖のダムを開けると、一時的に水は流れますが、やがて止まってしまいます.西洋科学の考え方に基づいて、単味有効成分がそのダムの一つだとすると、いずれのダムも一つだけでは有効性がないことになります.しかし、ダムを2つとも開ければ継続して水は流れます.
つまり、生体反応の律速段階がいくつかあったとき、その律速段階全てについて有効なものを同時に与えない限り、その生体反応の流れは良くならない.これが漢方の考え方ではないかと思ったわけです.今でもそう思っているのですが、当時は、なかなか世の中に認めてもらえませんでした.欧米では、今、副甲状腺ホルモンが骨粗鬆症の第一選択薬になりつつあります.間欠的に副甲状腺ホルモンを投与すると、骨を作る細胞が驚いて骨をつくる.ところが継続的に働かせると、破骨細胞が骨を壊し始めます.
私の発表は30年前ですから、少し早過ぎたようで(笑)、それが10年前だったら、今や私は骨粗鬆症の大家として名を馳せているかもしれません.このように、単味有効成分だけではそれぞれ何ら作用のないものを一緒にしたときに初めて効果が現れるということは、西洋の科学が明らかにすべき事の中にもあると思いますが、そういう哲学で実験計画を組む人がいないので一般化していないのでしょう.
D: 鍼灸や経絡のようなことも研究されているのでしょうか.
遠藤: 鍼灸なども経験的に有効性が認知されていますし、私も有効性はあると思います.欧米には真面目に研究している方が日本より多くいて、鍼灸に西洋医学に基づく治療法以上の効果が期待できるというような報告が出ることもあります.しかし、どのような経過で、その機作は何かということになると、今一つ判然としないところがあります.経絡(漢方でいう、つぼの筋道)などは、西洋の生理学でどう記述すればよいのでしょうか.いずれにしても、これからやることはたくさんありますから、それらを子供や孫のために残してあげていると思っているのです(笑).
ある意味では、西洋に毒されたところがあると思うのですが、近年の科学者は見かけの生産性を上げないと研究費がもらえないという状況に置かれていますから、鍼灸や経絡といった伝統的なものの研究は、効率が悪いために、ほとんど行われていません.これが、今の日本の科学技術研究の非常に悪いところだと思いますね.こうした研究は、西洋に任せておけば済むという話ではないので、日本でもっとやれるような状況を作らなければいけないと思います.
大島: 鍼麻酔が、我々の体の中から出すオピオイドホルモンという痛みを止めるホルモンの生産を刺激するという考え方がありますが、それは証明されているのですか.
遠藤: その点に関しては、どの程度まで研究が進んでいるのか、私は知りません.
A: これもディスカバリー・チャンネルで観たのですが、ウサギを5匹並べて血管をつなぎます.そして、一番端のウサギに鍼麻酔をかけます.そうすると、5匹のウサギ全てが鍼麻酔にかかるのです.鍼麻酔によって、血流の中に何らかの物質が出ているのは明らかではないかと思います.
B: アスピリンのように誰にでも効くと言われている薬でも、7割程度の人にしか効かないと聞いたことがあります.薬効の個人差というのは、どの程度で見込まれているのでしょうか.
遠藤: 正に一番難しい問題は、その個人差の問題だと思います.抗がん剤では、感受性のある遺伝子をもつ人ともたない人を見分けることができるという例が、今かなり出てきましたね.感受性のあるグループだけを選別すれば100%近くの薬効が期待できるという時期は間近に来ていると思いますが、今迄は分からなかったことですし、今でも分からないのが大部分です.今の時点で、有効率が70%というのはかなり高いほうですが、プラセボ(偽薬)を使っても有効率が30%くらい出るのは、当たり前のことですからね(笑).
医薬品の臨床結果を調べるのに治験が行われます.この「治験」という言葉は何の言葉を省略したものかはどこにも書いていないので、私は、ヒトを使った「治療実験」だと言って、授業をやっています(笑).治験のとき、製薬企業はプラセボとして乳糖やデンプンを使いたがります.そうすれば、プラセボ以上の効果が出やすいからです.私の考えは、対象薬として、プラセボではなく、標準薬(実際に標準的に使われている薬)を使い、それよりもはるかに有効だという結果が出たときにだけその薬を売っても良いとすべきだというものです.
かつて、喘息の薬の治験で、対象をプラセボにするという治験計画が出てきたとき、私はその審査委員会で、「これは患者にとって非常に不利益だ.プラセボで症状が悪くなったらどうするのか.これほど非人道的な計画はない!」と喚いたのですが、この計画を改めて、対象薬を標準薬にするまでに相当の時間と労力を要しました.
多様性に富んでいる我々と、できるだけ純系にした実験動物とでは、治験結果が大きく違うのは当たり前ですから、感受性のある人とない人を選別する研究がもっと進み、有効率100%という実験ができるようにしなければいけないと思っているのですが、そういうような研究は強いてやらないようです.確かに大変ですからね.
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