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第19回レポート
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第19回リーフレット

第19回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  榊佳之(さかき・よしゆき)
日時:  2008年5月31日



異端児のみる生命 「生命の知・工学の知」 BACK NEXT

大島:「理想」という言葉をタイトルの中に入れたのは、いくつかの思いからです.第一は、生き物を機械として見たときに、工学的な機械にはない良い面があれば、それを取り入れたら良いのではないかと思ったからです.

生物はタンパク質を作ります.タンパク質は、20種類のアミノ酸の重合体で、それぞれの遺伝子に応じて、個々のアミノ酸がかなり正確に並べられています.タンパク質の合成は、先ず、必要なアミノ酸を探し出してきて、できかけのタンパク質の端に付けることですが、それには何段階かの酵素反応が必要です.そこでは魔法が使えないのです.つまり、その基礎になる一つ一つの反応(素反応)は、物理化学の法則に制約されているからです.

必要なアミノ酸を見分けるのは、結合によってですが、二つの分子が結合するときの正確さというのは、精々90%程度です.生物の機械が、そのようにだらしない反応を使っているにもかかわらず、正確な結果を出している理由の一つは、カスケード(階段状に流れる連続した滝)なのです.何回も重ねて、途中で間違ったのを見つけたら、それを排除する.この手法は、私の知る限り、工学には取り入れられていませんね.工学は、1回のプロセスを非常に正確にやろうとするので、生物の素反応のような曖昧さはない.しかし、ただ1回で正確さを出そうとしないで、多少不正確なものでも、何回も関門を設けることで正確さを出そうとするやり方を取り入れても良いのではないか.コストの問題など、いろいろあるかと思いますが、そういう気持ちもあって、「理想的な機械」について話し合ってみたらどうかと思いました.

もう一つ.昔は、タンパク質を研究するときは、生き物をたくさん培養したり飼ったりして、そこからタンパク質を取り出していましたが、この頃は、特定の遺伝子を働かせてタンパク質を作るという技術が非常に進んできました.榊先生の居られた理化学研究所は、この分野の研究で大きな功績があります.ところが、孫を見ていたら、人間の赤ちゃんが一日に増えるタンパク質は、もの凄い量なのです.理研が世界に誇るタンパク質合成システムでも、とても赤ん坊には敵わない.同じように、植物が発芽した後、一晩でグーッと伸びるのを見ても、今の我々には、あれだけ大量のタンパク質を作ることは到底できないと思います.

先程、榊先生が仰ったセンシングにしても、生物のもっているセンサーの機能にはもの凄いものがあります.我々はアイソトープや蛍光を使ってモノを認識していますが、それでも、最低で1千万とか数百万といった数多くの分子がないと識別できません.ところが、それよりも一桁二桁上を行く識別能力のある生物が知られています.そうしたところでも、まだ応用できる技術さえない優れた技術があるように思います.

しかし、生き物は、その機械を進化で作ってきました.最初の生命がどうであったかは難しいのですが、そこが出発点です.タンパク質は、20種類のアミノ酸が200個から400個くらい繋がっているのが普通ですから、1個のタンパク質は、20の200乗か400乗かの可能性があって、それは、10の後ろにゼロを300も400も付けた数になります.

進化というのは、道を歩いているようなものです.生命が始まったところが出発点で、そこからランダムに、あちらを向いたり、こちらを向いたりしながら進んで行く.そのうちに新宿駅辺りまで行くかもしれないけれど、歩くだけでは絶対にアメリカまで行けない.つまり、可能なタンパク質の数が10の何百乗かあるとしても、生命の起源から今日迄の時間程度の進化では、生命の起源のときに与えられたタンパク質の周辺をほんの少し歩いたに過ぎないのです.

我々が、生物の機械の進化を加速してやったら、生物が今迄作らなかったようなものを作るかもしれない.最近、進化工学というようなことやるようになりましたが、これに、工学の人が飛びついて、薬などの化合物を合成する手法として利用されるようになりました.コンビナトリアル・ケミストリーという新しい分野で、化合物の誘導体を可能な限り作るというやり方です.このように、理想の実体が何か分からなくても、利用はできるという可能性はあります.

私も、進化工学のやり方で、理想の生命を作りたいと思っている一人です.現在、アミノ酸が100個くらいのタンパク質の合成を指令できるサイズのDNAを合成して、それをランダムに変えることで、最初は何の意味もないタンパク質から、ある種の機能を持たせようという研究があります.私の考えは、タンパク質を作るのに20種類のアミノ酸を使う必要はないというもので、10種類くらいに制限したらいいと思っています.

私の専門である好熱菌は、20種類のアミノ酸のうち、システインというイオウの入ったアミノ酸は、極力使わないのです.イオウと炭素の間の結合は、高い温度のときに不安定だからです.好熱菌が作るタンパク質のうちの、少なくとも半数以上は、システインが一個も使われていない.つまり、19種類のアミノ酸でタンパク質を作るようにさせられた生き物がいるわけです.人間が手を加えたら、アミノ酸が10個、あるいは、それ以下にでも追い込んでいける.そうすると、新しい生体触媒を使った工学への道が開けるはずだと思っているのです.

「生物を機械と見なす」と言うと、恐らく、この中でも、反発を覚える方がおられると思います.私は、そういう立場が好きなのですが、生命を機械として、100%理解できると言っているわけではありません.我々が今もっている研究手段のようなもので生命を理解しようと思うと、生命を機械として見立てて、分かるところまで徹底的に調べるのが、研究の戦略としては最も有効だと確信しているからです.生き物は機械だと信じてやっているのかと言われると、ちょっとズルイかもしれませんが、そうではありませんので、そういうことで攻めないで下さい.(笑)

三井:議論の種をたくさん作りましたね.今のお話の中で、タンパク質が合成されるときの精度が良くないという問題ですが、作られるタンパク質の数が非常に多いからではないかと思いました.工学的な機械を作るときは、多くの不良品を出すわけにはいきませんが、作られるタンパク質の数を考えると、多少間違っても、大勢に影響しないということはないのでしょうか.

大島:一番端のアミノ酸が違うタンパク質が混在しているということは、よくありますね.1個だけとは限らないかもしれませんが.

三井:肝腎の活性中心と関係なければということですね.では、ここで休憩します.その後は、最後まで一気に、皆さんで盛り上げて頂きます.

(休憩)


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Last modified 2008.07.22 Copyright(c)2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.