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講師: |
大島泰郎(おおしま・たいろう) |
ゲスト講師: |
榊佳之(さかき・よしゆき) |
日時: |
2008年5月31日 |
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異端児のみる生命 「生命の知・工学の知」 |
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三井:皆様、こんにちは.今日のテーマは「生命の知・工学の知」ということで、ゲスト講師は榊佳之さんです.「ヒトゲノム計画」というのをお聞きになったことがあると思いますが、榊さんは、その国際的プロジェクトの中で日本のリーダーでしたので、ヒトゲノム解読終了宣言のときに、テレビや新聞でご覧になった方もいらっしゃると思います.2001年には『ヒトゲノム』(岩波新書)という本を書いておられますが、この本に、ゲノムの情報量がコンピュータの能力を超えていると書かれていて、私は、とても驚きました.
榊さんは、この四月から、豊橋技術科学大学の学長になられまして、学長就任の挨拶で、生命の知と工学の知を融合させて、新しい分野を切り開いていきたいというお話をされたそうです.今日のテーマを提案されたのは大島さんですが、テーマに加えて、「生命は理想的な機械か」という副題をお付けになりました.これが問題になりそうですので、後で大島さんに説明して頂きたいと思います.
「生命の知・工学の知」というと、一般には、「生物というのは、実に巧みに、いろいろなモノを作ったり働いたりしている.それを工学で見習おう」ということだろうと考えます.ところが、工学的な考えを生命系に持ち込むという面白い試みもいろいろとあるようです.これは、技術評論社から出ている『人を助けるへんな細菌すごい細菌ーここまで進んだ細菌利用(知りたい!サイエンス20)』(中西貴之著)という本です.この中に、ナノバクテリアを作ったという話があります.細胞の大きさはミクロン単位ですから、ナノというので、大いに問題になったそうです.いろいろな人が追試して、それは生き物だということになったらしいのですが、それを生き物だと言うと、「異端児」と見なされるので、遠巻きに見ている人が多いと書いてあったのが、実に愉快でした.
では、最初に、榊さんに、生命の知と工学の知を融合させるという構想の触りのところだけ、お話して頂きます.
榊:私は、これ迄、生物の世界でやってきましたが、縁あって、工学系の豊橋技術科学大学の学長に選ばれました.工学の世界では、今迄も生命科学との結びつきはあったのですが、これから工学が大きく発展していくためには、更なる結びつきが必要だということで、私が選ばれたのではないかと思っています.私も、自分の専門である生命科学を、何とか工学に近づけて、新しい分野を作りたいと思って引き受けました.今日のタイトルに関しては、私自身も今どうあるべきかを考えている最中ですので、いろいろと意見交換ができればと思っています.
工学というのは、人間が火を使ったり、道具を使ったりするところから始まったのでしょうが、一番大きな出来事は、やはり、産業革命です.熱力学を利用して、いろいろなものを動かし、爆発的に産業が発展しました.それを支えたのが工学ですが、その歴史は200年程度しかありません.しかし、その間に、地球の環境が大きく変わり、今や、地球規模の問題が起きているという状況になっています.
地球上の人口は、現在60数億人ですが、50年前は25億人程度、100年前は数億人ということですから、人間が地球上に蔓延ったということになるかもしれませんが、それは、工学の力で、自然界のエネルギーを食糧などに変えてきたからです.工学の知というのは、我々自身が生み出した人間の知なのです.
一方、生命のほうは、その起源が38億年前と言われていますが、その間、少しずつ変わりながら、今日の我々のような生命体を作り出してきたわけです.生命体も、ある意味では、システムです.今日の副題にあるように、「生命は理想的な機械か」という問いかけは、少し哲学的な意味もあって、面白いと思います.
ただし、理想的というのは、何をもって言うかによって、全く違うと思います.生命と機械を比べると、物事を非常に正確にくり返して何回もやろうとしたら、機械のほうは、精度を上げればいいわけですが、生物の場合は曖昧で、同じ事を毎回正確にはできませんね.しかし、状況が変化したとき、機械は、スペックに合わないことは、全くできませんが、生物であれば、正確ではないにしろ、曲がりなりにでも処理するという適応性があります.また、パーツの寿命という点では、機械を構成しているパーツの寿命はかなり長いけれども、我々の体を構成しているパーツは、絶えず作られて壊されているので、寿命は短いと言えます.しかし、生命は自己複製します.工学機械には絶対にあり得ないことです.だから、何が理想的かということは、考え方の違いになりますが、生命がいろいろやってきたことで、工学が真似できなかったことを、工学の世界へ導入することができればいいなと思っているわけです.では、具体的にどうするかというと、それほど知恵があるわけではありませんが・・・.
豊橋技術科学大学は、センサーの開発が得意で、世界のトップレベルにあります.そこで、様々な生命現象を数値化して測定する技術を開発しようとしています.例えば、半導体チップの上で微小な金属結晶を作らせ、それをセンサーとして、体の一部に接触させておく.非侵襲ではなくて侵襲ですが、そこにあることは、ほとんど感じません.これを使って、体の中で起こっている現象を調べる.それに、自動的に情報を発信する装置を付ければ、毎日、血糖値やホルモンの状態がセンシングされる.そのような計測技術を医療に応用したいということで、医学関係の先生達とやっています.
農業にしても、この頃は、かなり工業化していますね.豊橋近辺は、野菜や果物の栽培が盛んな所ですが、1個1個のメロンにセンサーを付けて、それで糖度を感知し、熟し具合が数値で分かるようになっています.他にも、いろいろな農業のテクニックがあるそうですから、そうした経験を数値化して測定することができるようになると思います.
医療関係では、胃カメラの類から始まって、マイクロサージェリーなど、様々な機器・装置の開発、更に、人工の心臓、皮膚、関節など、人工臓器の開発なども盛んに行われています.これらは、生命現象を理解した上で、生命の機能を機械化しています.
更に踏みこんで、「生命を作る」とか、「生命を操る」と言うと、だんだん怪し気になってきますが、遺伝子工学という言葉があるように、ゲノムのプログラムを書き換え、生命を我々の都合の良い方向に変えていこうという動きがあります.生命現象は非常に複雑ですから、それをよく理解した上で、そのメカニズムを再現したり活用したりするのは、当然の流れですが、あまりにも複雑すぎるので、ある部分はブラックボックスにしたままで、ともかく生命現象を活用しようという流れもあります.私も、当面は、このように進んでいくのではないかと思っています.
生命を作る基になるゲノムの上にはいろいろな情報が書かれていますが、それを見ただけでは、何をやるか全く分かりません.この頃は、ゲノムの中の遺伝子を部分的に入れ替えるだけではなくて、ゲノム全体を大きく変える技術があります.つまり、人工的に長いDNAを作ることができますので、自分で書いた設計図を使って、生命現象の一個一個のプロセスは分からなくても、トータルとして、とてつもない物質を作るようになったり、今迄考えたこともないほど効率良くエネルギー変換するようになったりする.そんなことも考えられています.
1972年に遺伝子工学が出てきてから30数年が過ぎましたが、これ迄、かなり上手く、そして、注意深く使われてきたと思います.当初にもありましたが、今でも、そういうことをやろうとすると、恐ろしい生物が作り出されて、それが生態系を破壊し、我々を滅亡に至らしめるのではないかという議論が出てきます.しかし、そういう不安に対しては、いろいろな対策があると思います.人間の細胞であれば、試験管の中でいくら増殖させても、それが生命体になることは、まずありませんが、更なる安全対策として使えそうな、細胞の「共生現象」というのもあります.いくつかの細胞が共生関係を保たないと増殖しないというもので、それを利用すれば、一個一個の生命が爆発して増えていくことはないように思われます.他にも、いろいろと考えているところです.
豊橋へ行って、こうしたことを直ぐに実行できるわけではありませんが、これ迄に得た生命現象に関する知識を活用して、生命をシステムとして工学的に応用していくのが、これからの非常に大きな流れになるのではないかと思っています.
三井:『人を助けるへんな細菌すごい細菌』という本の中にも、バイオブロックと称するパーツをたくさん作り、それを組み合わせて、新しい生命ができないかと考えている人がいると書いてありました.その辺のことも、話題になるのではないかと思います.
では、なぜ「生命は理想的な機械か」という副題になったかというお話を、大島さんにお聞きしたいと思います.これは、生命と生命でないものの違いは何かとか、何をもって理想的な機械と言うのかといったような話題に発展するのではないかと思います.
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