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第10回レポート
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第10回リーフレット

第10回 カフェ・デ・サイエンス


講師: 平田典子(ひらた・のりこ)
      森田茂之(もりた・しげゆき)
日時: 2006年9月29日



数学カフェ 「整数の不思議」 BACK NEXT

>>>平面を丸めて球面にすると三次元になりますから、その辺が混乱しています。

森田:私も混乱しています(笑)。数学が100年か200年前に獲得したことは、つまり、比喩的に言うと、親離れしたんですね。 親というのは、二次元や三次元、あるいは四次元のユークリッド空間といいますが、ユークリッド空間は親みたいなものです。 平面の上に、直線を描いたり、円を描いたり、放物線を描いたりしますが、これらは平面がないとイメージできませんから、子供のようなものです。 親離れしたというのは、実は、我々は、もっと自由な存在であって、平面がなくても曲線を考えられるし、空間がなくても、 球面や浮き輪を理解できるということなんです。それを初めて言ったのはガウス(Carl Friedrich Gauss、1777-1855)です。 ガウスより少し時代が下り、リーマンがそれを現代的に使って、「二次元の曲面は、三次元の中に置かなくても、二次元の中だけで理解でき、 三次元の球面は、四次元がなくても、三次元の中だけで理解できる」と言ったんですね。

>>>三次元は目に見えているから理解できますが、四次元の世界は見えないので理解できません。

森田:私も、実は理解できないのですが、四次元を理解している人はたくさんいます。 しかし、見えていないんじゃないでしょうかね。いくら天才でも。

>>>四次元を理解している人は本当にいるんですか。

森田:それは、います。

(「どらえもん!」という声)

空間は三次元で、時間は一次元ですから、空間プラス時間は四次元。だから、我々は四次元の世界で生きているとも言えますね。 我々は、ある瞬間、ある時間に生まれ、時間と共に、各瞬間、この三次元空間の中に足跡を残しているわけですから、足跡を辿ると、四次元の中に、 我々全ての人がある図形を残していることになります。それは、幸か不幸か、コンパクトですね。人間の一生は有限ですから。

>>>去年、脳をテーマしたカフェのときに、ろう者の話がありました。 我々が目で見ているのは二次元情報だから、見えているといっても、直感的に二次元しか理解していなくて、三次元は、 むしろ、目が見えない人のほうが良く理解できるんじゃないかという話がありました。

森田:それは正しいんじゃないかと思いますね。我々は目に見えるから、非常にいいように思いますけど、 それに寄りかかり過ぎているというのは確かにあります。

織田:ポントリャーギン(Lev Semyonovich Pontryagin, 1908-1988)という有名なロシアの数学者は、目が見えなくて、 お母さんの助けを借りて成功した人だけど、この人は四次元が分かったという話があります。

森田:では、ポアンカレ予想を超特急で説明させて頂きます。三次元球面というのも、二次元球面と同じで、 その上にどんなに複雑に糸を置いたとしても、ピンで留めて一点で引っ張ると、パーッと縮んじゃうんです。一次元球面は駄目ですね。 これは、どう引っ張っても自分自身が障害になって縮みません。しかし、二次元以上になると、自由度があるので縮みます。三次元球面も単連結なんです。

ところが、三次元の閉じた図形というのは数限りなくあります。3というのは1足す2ですから、三次元の図形は、 一次元と二次元の図形を組み合わせるとできるものですが、実は、組み合わせ方に3種類あります。二次元の図形は、球面と、一人乗りの浮き輪と、 二人乗り以上の浮き輪というように、大雑把に3種類に分ける。一次元は円周の1種類だけ。そうすると、組み合わせは3種類になって、 三次元の図形をつくる方法が9種類でてくるんですね。ポアンカレ予想を非常に大きく拡張した、サーストン(William Paul Thurston, 1946-) の幾何化予想(Geometrization Conjecture)というのがあって、9種類のうちの二つが一つになるから、それは8種類になるんですが、いずれにしても、 三次元球面以外にも、多種多様な図形がものすごくたくさんできる。すべてが閉じた三次元の図形です。 そうすると、我々の住んでいる空間は、その中のどれに属するのかというのが大問題になります。私は、未来永劫解かれない問題だと思いますけどね。

この数限りなくある三次元のコンパクトな図形の中で、単連結、つまり、紐を渡したときに縮んでしまうのは、三次元球面だけだろうというのが、 ポアンカレ予想です。二次元から三次元になっただけだと言えば、それまでなんですが、解決するまでに約100年かかった。 これまでに、偉大な数学者が何人もチャレンジしているんですよね。

そこで、ペレルマン(Grigory Yakovlevich Perelman、1966-)です。2002年11月に、一つの論文を発表したのですが、数学のジャーナルに発表したのではなくて、 査読されないプレプリントの形で、かなり自由に掲載してくれるところ(arXiv.orgというウェブサイト)に発表しました。 その年が明けて2003年の3月と7月にも発表して、合計3編。インターネットで誰でも見られます。ペレルマン本人は、それで証明したと言っているようです。 ただ、タイトルには、ポアンカレ予想という文字も、サーストンの幾何化予想という文字も入っていません。 そこらへんが、数学だけじゃなくて、いろいろな人間的な物語というか、曰く言い難しの別の物語が始まって、現在に至っているということなんですけどもねぇ。 今は、ほとんど証明されたと思っていいようです。

織田:証明の議論には微妙なところがあって、そこがちゃんと説明されているかどうかということなんですね。 それを日本数学者学会の理事長をしている人が、3年程前に解説しているんですが、今は、だいたい、その解説で分かったような・・・。 距離を入れるんですが、距離の入れ方を少しずつ動かしていくんです。問題は、距離を動かして、ある点まで行きたいんだけれど、 最後の点に行き着くところで変なことが起きないかと。そういう微妙な話になっている。その微妙なところを他の人が躍起になってやっていますが、 細かい話は、最終的には、微に入り細に入って、一所懸命チェックしないと分かりませんね。

森田:三つの幾何学者のグループが、独立に、ペレルマンの三つの論文を調べて、何百ページもの長い論文を発表していますが、 そのうちの二つのグループは、ポアンカレ予想についてはOKだと言っています。一つのグループの論文は、もうパプリッシュされていますが、 そこには曰く言い難い人間的な話があって、なかなか言い難いんですけども、ペレルマンが100%証明したということは言っていない部分があります。

論文の題名は、"A Complete Proof of the Poincare and Geometrization Conjectures: Application of the Hamilton-Perelman Theory of the Ricci Flow" となっていて、正に、ポアンカレ予想を証明したと主張しているんですが・・・。

このタイトルにあるハミルトン(Richard S. Hamilton、1943-)という人は、1980年頃にリッチフロー(Ricci flow)というアイデアを出して、 それがポアンカレ予想の解決の糸口になっています。ハミルトンの論文は、完全に認められていて、それに関する大きな論文が三つ四つあります。

リッチフローのリッチ(Michelangelo Ricci、1619-1682)はイタリアの有名な幾何学者の名前ですが、リッチフローを簡単に説明しますと、 物理学に熱方程式というのがありますね。ある部屋にストーブを置くと、最初は置いたところだけが非常に暑くなって、離れたところは寒いのですが、 時間が経つとともに部屋全体が暖かくなる。そこで火を消せば、部屋の温度は漸進的に均質になってきます。リッチフローというのは、 先程お話した三次元の図形に、リーマン計量という曲がり具合を与えて、その曲がり具合が平均化する方向に動かします。そして、時間が経つと、 曲がり具合がだんだん均質化されていって、きれいな曲がり具合に収束するだろうということを期待した。それがハミルトンです。 実際に、二次元の場合には、球面とか浮き輪を、どんなにいびつな形に作ったとしても、リッチフローで流れを平均化するようにすると、 全てのところで同じような曲がり具合になる。これを定曲率といいますが、そういうことが証明できるのです。

織田:出っ張っているところを押さえて、へこんでいるところを押し出すと、だんだん球面になる。

森田:そうです、そうです。三次元でそれをしたのがハミルトンのプログラムだったんですけども、 二次元と三次元の本質的な違いが表れて、本質的な困難にぶつかってしまったんですね。二次元の場合には、曲面がつぶれることもなく、 ずーっと滑らかなままできれいな形に近づいていくんですが、三次元の場合には、近づいていくと、途中で空間が部分的に崩壊してしまうんですね。 微分方程式を使うんですけど、その先、どうにもならなくなるわけです。もう向こうには行けない。今、宇宙にはビッグバンがあって、 ビッグバンの前は何だったかというのは、私も非常に興味はありますけど、ビッグバンは特異点だから、その前を考えること自体が無意味であるといいますよね。 それは、少しまやかしだと思いますけど、いずれにしても、特異点にぶつかると、どうにもならなくなる。

そこでペレルマンは、天才的なアイデアで、リッチフローはしばらく止めて、図形のほうを手術しましょうと。 特異点のために非常にまずいところができるから、先ずそこを切り取る手術をして滑らかにしてから、先に進みましょうと。 大雑把に言うと、そういうことです。だから、空間が変わるわけです。トポロジーが変わると言いますけどね。そうしますと、結局のところ、 「単連結な三次元の図形は三次元球面に限る」というポアンカレの「予想」を証明したことになるわけです。 予想というより「期待」というほうがより正確だと思いますが。

4年に一度開かれる国際数学者会議が、この8月末にスペインのマドリードであって、 そこで、フィールズ賞の受賞者の一人としてペレルマンが挙げられたんですけど、受賞理由には、ポアンカレという言葉は一切入っていません。 「幾何学に対する素晴らしい貢献とリッチフローに関する革命的なアイデアによって」ということになっています。 ところが、非人間的というか、残念ながらというか、彼は受賞を辞退したんですね。拒否したと言ってもいい感じです。 ただ、こういうことは初めてではありません。1994年の国際数学者会議がスイスのチューリッヒであって、そのとき、ペレルマンは、 まだ30歳になっていないくらいですが、招待講演をしていますから、当時、既に認められた幾何学者でした。 その頃、ヨーロッパ数学会から賞を授与されたんですけども、それも要らないと言っています。私なんかは、何で要らないのかなと思いますけど、 それについては、最近、ニューヨーカー(The New Yorker)という雑誌というか週刊誌の記者が、ペレルマンとの何時間にも及ぶインタビューに成功して、 その記事が1ヶ月くらい前に出ています。読んだ方、いらっしゃいますか。

(一人いました!)

そこには、いろんなことが書いてありますが、一言で言うと、ペレルマン自身は証明したと確信していると。ただ、それは、彼にとって、過去なんですね。 だから、2003年の時点で証明したことに付け加えることは何もないというような感じだと思います。

(記事掲載サイト: http://www.newyorker.com/fact/content/articles/060828fa_fact2


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