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講師: |
大島泰郎(おおしま・たいろう) |
ゲスト講師: |
木賀大介(きが・だいすけ) |
日時: |
2010年8月30日 |
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異端児のみる生命「生命合成」 |
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三井: 今回は「生命合成」というぶっきら棒なタイトルです.これは、いろいろな側面から見ることができそうだと思っていましたが、思った通りで、皆さんからはいろいろなお考えやご意見をお寄せいただいています.
数ヶ月前、ベンター(J. Craig Venter)がバクテリアの人工合成をしたという記事が多くの新聞に掲載されました.それをご覧になった方も多いのではないかと思いますが、今日もそういうお話が出ると思います.
皆さんからは、「なぜ生命合成をするのか」、「生命をどのようにして作るのか」、「生命の起原が分かっていないのに、どうして作ることができるのだろうか」、「作ったとしても同じものができないのではないか」というようなご意見やご質問がありましたけれど、生命合成研究の一つの方向としては、生命を作ってみることで、初めて、生命は何かということが分かるということがあります.
生命合成の研究者の中には、自分たちが欲しいものや便利なものを作るという目的をもって研究している方もおられると思いますが、そういう場合には、社会との係わりが密接になってきます.そういうものを勝手に作ってもよいのかとか、危険なことはないのかといった心配をされる方も出てくると思います.
今日は、幅広い問題がいろいろ出てくると思いますが、ご自分の思っていらっしゃることをどんどん仰っていただきたいと思います.
生命合成の専門家として今日来ていただきましたのは、東京工業大学で研究しておられる木賀大介さんと、お馴染みの大島泰郎さんです.大島さんは、昔から生命の研究に携わって、幅広く考えていらっしゃいますので、何でもお話になってくださると思います.
では、最初に木賀さんに、続けて、大島さんにお話していただこうと思います.
木賀: 東京工業大学の木賀と申します.本日はこのような素晴らしい会にお招きいただいてありがとうございます.私の所属は、知能システム科学専攻ということになっていますが、バックグラウンドは"ナマモノ屋"です.ナマモノ屋とは言っても、多細胞生物を扱うことが苦手だったせいか、研究では専ら単細胞生物やタンパク質を扱ってきました.
今日のタイトルは「生命合成」ですが、これまで大島先生がやってこられた「異端児のみる生命」の記録を見ても分かるとおり、"生命"の定義そのものが非常に難しいと思います.今日のお話では、栄養がジャブジャブあって、競争相手がいない試験管の中で生きる人工生物を、生命合成の最終ゴールと考えています.そういうものであれば、これから5?15年くらいまでの間に、誰かが作るだろうと思います.そして、そこに到るまでの経過として、これまでに作られたものをいくつか紹介したいと思います.それらの中には、完全な細胞もありますし、生物の中の一部のシステムを作ったという話もあります.それから、別の軸として、今の生物とほとんど同じものを作るとか、わざと少しだけ違ったものを作るとか、全然違ったものを作るといった話へと展開していきたいと思っています.
最初に紹介するのは、今年発表されたベンター研究所(J. Craig Venter Institute)の仕事で、人工細菌を作ったという話です.彼らは、生物とほとんど同じものを作りました.しかも、それは生きています.これに関する新聞記事はたくさん出ましたし、私も日経新聞の記者さんから取材を受けていたので、科学部の記事に出るということは知っていたのですが、社説にまで出ていたのには驚きました.しかも、その社説のタイトルが、「"人工生命"をどう育てるか」というかなり変わったものだったのです.
簡単に言うと、この技術は遺伝子工学の発展版です.古典的な遺伝子工学は、一つの遺伝子がうまく働くような操作をします.例えば、インシュリンというタンパク質の薬を作りたいということであれば、人間が元々もっているインシュリンの遺伝子を大腸菌に入れてやって、大腸菌にインシュリンを作らせます.ベンターたちの技術は、遺伝子を1個ではなく数千個の単位で操作することができるようになったということで、非常に大きな意義があります.
ここで、この研究を生命の起原からの流れで考えてみると、面白いことが見えてきます.つまり、今まで生物の中で延々と続いて来たDNAという物質の流れを、この研究が断ち切ったという言い方ができるからです.では、どのようにして断ち切られたのでしょうか.
DNAという物質を介した情報の流れを断ち切るためには、二つの技術が必要でした.一つは、DNAを自由自在に合成する技術です.これは有機化学によって達成されました.もう一つは、バクテリアに遺伝子を導入する技術です.どちらも1980年代に、ほぼ確立していた技術です.ところが、それから約30年間の技術的な進展によって、かなり複雑なことができるようになってきました.
1980年頃は、DNAの原料であるA、C、G、Tのヌクレオチドを化学合成で100個繋ぐことは大仕事だったと思うのですが、近年は、100個程度のヌクレオチドが並ぶDNAを何万本も同時に作ることができるようになりました.今回のベンターたちの仕事では、人間が指定した塩基配列をもつ化学合成で作ったDNAを組み合わせることで、最終的には、約100万個ものヌクレオチドを繋いでいます.彼らが作った生物は、現存する生物と同じプログラムを使っていますが、DNAは、生物のものではない材料を使って組み立てられたというところに意味があります.
もう一つの必要な技術は、バクテリアに多数の遺伝子を導入する技術でした.ベンターたちは、約数千個の遺伝子を含む約100万個のヌクレオチドが繋がったDNA、これは正にある生物の設計図全体に相当するのですが、この大きなDNAを丸ごとバクテリアに導入するという技術を確立したのです.これは、これまでよりも様々な展開をする可能性を秘めた期待の大きな技術です.
彼らの仕事の中には2種類のバクテリアが出てきます.それぞれを、バクテリアA、バクテリアBとします.バクテリアAのゲノムについては、その塩基配列を彼らが全て読んでいて、配列情報はコンピュータに保存されています.この情報を参考にして有機合成されたDNAを、約100万文字の大きさにまで連結しました.それをバクテリアBに入れます.このとき、一時的に、バクテリアBの細胞中に、バクテリアAのゲノムとバクテリアBのゲノムが共存することになります.ここに少し細工がしてあって、バクテリアAのゲノムをもっているものだけが生き残るようになっています.そうすると、器がバクテリアBで、中身のDNAがバクテリアAであるものが出てきます.この細胞が世代交代を繰り返していくうちに、DNAは生命の設計図ですから、やがて、器もバクテリアAになります.
これが、ベンターたちが達成した一連の仕事です.興味深いことは、生物のDNAは、本来ならば、生物のDNAから作られていたものだったにもかかわらず、それが一度完全にコンピュータの中の情報になってしまい、そこから改めてDNAが作られたということで、これが、この研究の大きな意義だったと思います.
今回作ったDNAは、バクテリアAのゲノムの塩基配列とほとんど同じですが、自由自在に塩基配列を設計することができるということで、DNAの一部に幾つかの細工が施されています.そこには、彼らの研究所の名前であるとか、有名な物理学者の格言などが暗号としてコードされていたという話を聞いています.
この研究から明らかになったのは、たくさんの遺伝子を同時に扱うことができるようになって、かなりの応用が期待できるようになったことです.現在いろいろな生き物のゲノム情報がウェブ上に載っていますので、その中から何種類もの有用な遺伝子をピックアップして人工的なゲノムを自由にプログラムすることができそうです.そうすると、燃料や薬を生産するもの、環境を浄化するものなど、社会的にも大いに役立つ人工生物を作る研究への展開が考えられます.
しかし、ゲノムの自由なプログラミングが簡単に実現するわけではありません.ゲノム情報というのは、それぞれの生物ごとに遺伝子のセットが完成したまとまりとなっています.また、個々の遺伝子には、"何を作るか"という情報以外に、"いつ作るか"、"どれだけ作るか"といった制御の情報も入っています.それぞれの生き物の中で、何をいつどれだけ作るかということがまとまることで、それぞれの生物が調和をもって生きているわけです.従って、いろいろな生き物の中から役立つ遺伝子をピックアップして人工的な生き物を作るにしても、それらの遺伝子を制御するシステムを構築しなければいけません.今、研究の焦点となっているのは、制御の情報を新しく一から作るためにはどういうことをしなければいけないかということです.この点でも、私が生物系ではなく、システム科学というところに職を得たことは幸せだと思っています.また、科学技術振興機構の「さきがけ」という事業での、数理と生物学を組み合わせる領域で、資金を頂いて研究を進めています.
今回のベンターたちの仕事では、モノであるバクテリアAのDNAを、生きているバクテリアBの中に入れたわけですが、今後は、DNAを入れる器のほうを人工的に作ることになるだろうと思います.生きている細胞には、細胞膜があり、そこにいろいろなタンパク質が入っています.この細胞膜とタンパク質を人工的に作って組み立てることは、今後5?10年くらいで達成されるかもしれません.それがまた一つの生物の人工合成ということになります.
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