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第13回レポート
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第13回リーフレット

第13回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  田村宏治(たむら・こうじ)
日時:  2007年3月24日



異端児のみる生命 「生命世界の右と左」 BACK NEXT

T:今生きている生物には、反対向きのものは栄養になりませんね.そうすると反対向きのものを食べる生物は絶滅したということになるのでしょうか.

大島:50年も前に、偉い学者がそういう説を述べたものですから、今でもしばしば引用されます.生命が生まれたとき、我々の祖先である左手型のアミノ酸を使う生き物と、右手型のアミノ酸を使う生き物がいて、互いに餌をめぐって争いをした.そして右手型のアミノ酸を使う方が負けた.しかし、餌を争うといっても、食べるものが違うのだから、あまり争いませんよね.偉い先生の学説がいつも正しいわけじゃない.(笑)

分子の世界では、アミノ酸が左手型なので、それが並んでできるタンパク質のらせんは右巻きになるという関係があります.それが本当かどうかということで、約10年前に、右手型のアミノ酸20種類全部を合成して、それを化学的に繋いでタンパク質の一つを作ってしまった人がいます.そのタンパク質は、確かに、我々が知っている天然のタンパク質を鏡で写した構造をしていました.結果は、当たり前と言えば当たり前ですが、それを証明するのに大変な努力と巨額な研究費がかかりました.そのとき、現実のタンパク質と鏡の世界のタンパク質を1:1に混ぜると、全体としての対称性が良くなることが分かりました.X線で構造を決めるときに、タンパク質の良い結晶をとらなければいけないのですが、対称性が上がると結晶の質が上がるのです.どうしても治したい病気に関係するタンパク質の構造を決めたいということになれば、人の命は研究費とは比べ物になりませんから、鏡の世界の分子を作って構造を決めることはできる.この研究で、そういう技術の道だけはできましたが、実際に使われたことはありません.

O:今後、異性体が毒物や汚染物質として問題になることが多くなるのではないかという懸念があります.専門家の間でもそういう議論はあるのでしょうか.

大島:特にそういうことをやっている人は知りませんが、仰るような可能性は十分にあります.左手に左利きのグローブをはめるのは具合が悪いのですが、左手の形にもいろいろあって、左利きのグローブがはまるものもあるんですね.右手型のフェニルアラニンとかチロシンは甘いのですが、このアミノ酸は、糖の分子のように、味覚の部分にはまってしまうのではないかと思います.詳しい分子的な機構は誰も知らないと思いますが、反対向きの化学物質で環境を汚染し始めると、それが思いもよらないところに結合して生理活性を示し始めることは十分あると思います.微生物は反対向きのものを食べませんから、分解されにくいでしょうし.

M:食品添加物として許可されているアスパルテームは、フェニルアラニンとアスパラギン酸が含まれていますが、いずれ問題になる可能性がありそうですか.

大島:アスパルテームは天然の型のアミノ酸を使っています.非天然型の結合を利用して味覚を作っているわけではありませんから、そういう意味の問題はないと思います.

W:1990年代の初期に、食べ物に気をつけるドイツ人達の間で、"Recht Drehendes Yogurt"というのが流行っていました.右回転しているヨーグルトと左回転しているヨーグルトがあって、右回転しているヨーグルトのほうが身体に良いということで、パッケージにそのマークが入っていたのを覚えています.どなたかご存知の方はいらっしゃいませんか.(いろいろな声が・・・)

大島:ヨーグルトの酸っぱいのは乳酸という成分です.乳酸は、生物が使う分子としては非常に曖昧で、微生物は右手の乳酸も左手の乳酸も利用しますし、作り出します.その回転ヨーグルトは、どちらか一方の乳酸だけを出す乳酸菌を使ってヨーグルトを作ったということではないかと思いますが、乳酸がどちら向きでも、健康には何の影響もないと思いますね.効くと思った人にだけ効いたのだと思います.(笑)

O:ハーケンクロイツとお寺の卍(まんじ)が逆回転ですが、その程度の違いじゃないでしょうか.(笑)

M:顕微鏡で見ていても、左右の違いというのは良く分からないのですが、発生の段階で左と右の差が出てくる時期はいつですか.

田村:脊椎動物と呼ばれる動物、サカナ、カエルの仲間、トカゲの仲間、トリ、そして、哺乳類は全部そうですが、肉眼あるいは顕微鏡で、最初に左と右の違いが現れてくる構造は心臓です.よくご覧になれば見えているはずです.

M:アイススケートの選手は、ほとんどの人が左側にスピンしますけれど、これは、心臓が左側にあることと関係があるという話を聞いたことがあるのですが.

大島:陸上でもスピードスケートでも、スポーツでは、左回りということに決まっています.今日の土曜日にこんなところへ来ておられるくらいだから、ここに馬が好きだという人はいらっしゃらないと思いますが(笑)、競馬場には左回りと右回り両方あります.馬の好きな人は、馬の利き足と競馬場の相性まで考えてレースを予想しているのだろうかと、大変関心があるんですけど.

三井:お話が面白くなりかけてきたところですが、ここで10分程度のお休みをとります.

(休憩)

三井:後半を始めたいと思います.では、今度は田村さんに、自己紹介を兼ねて、今回の話題に繋がるような、誘い水になるようなお話をして頂きます.

田村:異端児ということでお呼びがかかったようですが、異端児は自分を異端児だと思わないわけで・・(笑).僕の専門は動物学で、なかでも発生学、生き物がどうやって生まれてくるかということを研究をしています.生き物といってもいろいろですが、僕の守備範囲は背骨を持っている動物で、魚、両生類と呼ばれるカエルやサンショウウオの仲間、トカゲ、トリ、そして哺乳類.この範疇に入るものは何でもやるというのが私のモットーですが、医者ではありませんので、ヒトを取り扱うことだけは致しません(笑).

うちの研究室では、いろいろな動物を飼っていますが、トリは飼う必要がありません.最近はスーパーでも有精卵を売っていますね.あの有精卵を37度の炬燵で温めておけば、雛にすることができます.ウズラの卵は、どこから買ってきても、全て有精卵です.ウズラというのは、平飼いにして、オスとメスを一緒にしないと、メスが卵を産まない動物です.いつでも実験できます(笑).約19日程で生まれます(エーッという声).

トカゲも飼っていて、トカゲの卵も扱います.それから、カエル、サンショウウオ、イモリなども採ってきますし、サカナもいろいろ使っています.メダカとかゼブラフィッシュは有名ですが、サメとか、エイも飼っています.なぜエイかといいますと、エイはマントのようにヒラヒラと泳ぎますが、その構造は僕らの手に相当するのです.似ても似つかぬ構造が全く同じ発生過程をとっているわけです.なかでも、「究極の左右性をもつ動物」と僕が勝手に呼んでいるヒラメとカレイを実験材料に使って、生き物の左と右がどうやってできてくるかということを研究しています.それが、今日ここにお呼び頂いた理由になるかと思います.

実は、私も左利きですので、昔から、左や右と書いてあるものを非常に意識して生活してきました.ところが、私の父親は中学校の国語の教師でして、「習字は押して書くものではなくて引いて書くものだ」とか、「箸というのは、最初から右で持つように据えてある」ということで、字を書くことと食べるのだけは右に強制されました.歪むんだそうですけど・・・(笑).実は、自分の父親も左利きで、父方の祖父も左利きです.子供がいないので、自分の子供がどうなるか分かりませんが、何か遺伝的なものが噛んでいるのではないかと感じています.実際のところは、左利き、右利きの違いというのは、発生学的に、あるいは分子的に、全く解明されていません

左利きと右利きは、とりあえず脇に置いて、僕らの体のことを少しお話したいと思います.僕らの体は外から見たらほぼ対称です.幾分非対称になるのは、完全に左右対称なものを作ることはできないので、多少歪むという程度です.逆に、体の中では、左右対称に存在している臓器や器官というのは全くありません.

学者の悪いところで、答えられないことには、最初に釘を刺してしまいますが(笑).日本語の「なぜ」という言葉は、英語では"why"とか"how"という場面で使われるので、どちらの意味で聞いているのか分からないことがありますが、科学者が答えられるのは、往々にして"how"のほうです.実は、僕の専門は「指」で、「なぜ、指は5本なのか」というのを研究しています.「指が5本になる仕組みを教えて下さい」と言われたら、何日でも喋ることができますが、「なぜ、指が6本ではなくて、5本なのか」と聞かれたら、5分も喋れるかどうかですね.

話を戻しますと、内蔵が非対称になっているのには大きな理由があります.骨を持った動物が産まれてくるときは、必ず、頭のほうから作られていきます.そのとき、真ん中に背骨ができます.背骨に沿って管が作られます.これが消化管で、僕らの胃腸を形成しています.人間の小腸は、1.5メートルとか2メートルとかありますし、牛は数十メートルの腸をもっています.それを狭いところに押し込めなければいけないわけです.どうするか.一番簡単なのはホースリールにする、つまり巻くことです.そうすると、真ん中にある1本の長い管に付いていた心臓や肝臓などの臓器が、右へいったり左へいったりして捻れるわけです.体の左側で作られた臓器や、体の右側に由来する器官は一切ありません.簡単ですが、これが僕らの体における左と右のでき方です.

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Last modified 2007.06.17 Copyright(c)2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.