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本の内容 序章:4つの事例にみる生活者の価値と研究活動の価値の関係 第1章:液晶ディスプレイの発展と商品化 第2章:薄膜SOI基板技術――実用化へのみちのり 第3章:DNAチップの誕生とブレークスルー 第4章:Linuxはなぜ成功したのか 液晶ディスプレイ、薄膜SOI基板技術、DNAチップ、Linuxの開発から商品化、また成功にいたるまでのプロセスを徹底調査しまとめ、技術開発がなぜ成功したのか、その要因を探る。
書評 本書は、タイトルに「MOT(技術経営)事例研究」と付されているように、4つの注目先端技術(液晶ディプレイ、 薄膜SOI、DNAチップ、Linux)の商用化プロセスを追跡しながら、それらが成功に導かれた理由を詳細に分析している。 元はと言えば、武田計測先端知財団が産業技術総合研究所から委託された調査研究の成果だが、それぞれの執筆者が直接 ないし間接的に当該テーマに関わり合った人たちだけに、記述は正鵠を射、説得力に富んでいる。 この種の本がともすれば「プロジェクトX」的な記述に陥りがちなのに対し、本書が異質な成書になっているの は、当然と言えば当然だがMOT的な分析や評価が随所に散りばめられているからだ。4つの事例の共通点として「いわゆる リニア・モデルが成立していない」という仮説を取り上げている。「研究成果が先にあって、その研究成果の応用としての 開発という順序にはなっていない」というのがその理由だが、背景に科学と技術の接近・融合化現象があることは自明であ る。逆説的な見方をすれば、リニア・モデルが成立していないから成功に導かれたのであろう。 本書の一部項目では、成功の要因を内的要因(オープンで活気に満ちた環境、斬新なアイデア、キーパーソンの 存在など)と外的要因(研究資金の提供、地の利など)に分けて捉え、読者の理解に役立てている。こうした手法を全項目 に適用し、序章などで何らかのレビューがあれば、MOTとしてはもっと参考になったに違いない。 一方、筆者らは本書はMOTの教科書となることが狙いであると主張しているが、評者には、公共政策としての重要 な知見が書かれているように思われる。本書には「死の谷」問題が随所に登場するが、実は研究開発の非リニア・モデル化 がこの問題を解消する有力手段になっているのである。特に、DNAチップの開発が、「死の谷」に落ち込んだ時に、政府 のヒトゲノムプロジェクトが、研究資金の提供と市場の提供(プロジェクトにおける大量解析手法の必要性)の両方におい て、死の谷を超えるのに有効であったという指摘は、学問的に厳密な実証研究は必要であるが、非常に興味深い指摘である。 従って、技術力と経営力がちぐはぐな日本企業の関係者のみならず、政府の科学技術政策立案者に一読を勧めたい、 注目の書である。 評者:児玉文雄 芝浦工業大学専門職大学院・工学マネジメント研究科 研究科長・教授 独立行政法人・経済産業研究所・ファカルティ・フェロー 工学博士・東京大学名誉教授 |