The Takeda Award 理事長メッセージ 受賞者 選考理由書 授賞式 武田賞フォーラム
2001
受賞者
講演録
坂村 健
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坂村 健
   

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スライド26「TRONのコンセプト3」

 そしてTRONでも最も大事なコンセプトが、今回の賞の選考テーマにもなっている「オープン」ということです。これはTRONの場合むしろ必然だと思っています。「どこでもコンピュータ」環境の基礎となるということは、多くの人々の生活環境そのものの基礎となるということです。どこか特定の組織が独占しているようなものはいけません。TRONでは仕様をオープンにしており、だれでも無償で利用できます。

スライド27「設計分散」

 この仕様に基づいて製品を作ることも、ビジネスをすることも自由にできます。もちろんフリーソフトウェアを作って配布するのも自由です。仕様がオープンというのはオープンソースとはちょっと違った効果があります。一つの仕様に基づいて別の人なり組織なりが作った複数のソースができます。事実、機器組み込み用のITRONでは多くの製品が開発されています。これを利用すると、社会の基幹にかかわる高信頼性システムを構築することができます。例えば一つの実装しかない場合、実装にミスがあれば何台あっても同じように誤動作してしまう。一方、同じ仕様に基づく独立の実装が複数あれば、それを並行動作させて結果を比較し、誤っているものを排除するという方法で信頼性の高いシステムを構築することができます。これがTRONの提案する設計分散(design diversity)と呼ぶ高信頼性開発手法です。

スライド28「TRONのオープンの規則」

 実は、オープンシステムといわれるものにも、細かく見るといろいろなオープンの規則があります。TRONはその中でも最も縛りのゆるいものだと思います。TRONというのはあくまでもAPI仕様――APIとはプログラムするときに必要な、そのシステムの機能を働かせるためのインタフェースの集まりです。参考となるソースコードも出していますが、どういうプログラムでその仕様を実現するかは自由です。TRONとして決めているのは「TRONを名乗っていい」かどうかという認定基準だけです。APIがTRON仕様の決めるとおりに動くと認定されれば、そのシステムを「TRON準拠」といっていい。TRON協会でリストに登録し流通の助けもしましょう。逆に仕様と異なっていたら「TRON」を名乗ってはいけない。私が管理しているのは、この縛りだけです。

 ですから、TRON仕様を実装するのも自由なら、その実装したモノをタダで配ってもよいし、商売してもいい。ソースコードを公開する義務もない。TRON仕様を利用して自分の目的に合わせ少し変えて使っても──「TRON」を名乗りさえしなければいい。一番ゆるいオープンというのは、そういう意味です。組み込みシステムの場合、OSを改造することも多く、その場合はAPI仕様自体が各社のノウハウというケースも多いのです。ですから「改造した場合はソースを提出」というGPL (General Programming Lisence) のルールもTRONにはありません。

VP02 社名ロールテロップ
VP03 対応プロセッサリスト
スライド29「TRONの広がり」

 そのようなこともあって、現在ではこのように多くの国内外の70社以上の会社が、トロン協会に参加して一緒に活動しています。

 利用するマイクロプロセッサも規定しませんので、多くのマイクロプロセッサの上にいろいろな実装が行なわれました。実際16ビット以上のほとんどのCPUに実装されていると言っていいでしょう。PCと違い、組み込み用途ではコスト的な制限や求められる性能によりハードウェア環境は多様とならざるを得ません。そのような中でOSの外部仕様の標準化を行ったことにより、教育や教材作成が容易になり、開発効率も上がり、マイクロプロセッサ組み込み機器の発展に多いに寄与したと自負しています。

 現在その成果が、車のエンジン制御、カーナビ、FAX、レーザープリンタ、デジタルカメラなど多くの機器に利用されています。特に最近では携帯電話に多数利用され、利用数で全世界の組み込み用オペレーティングシステム使用実績でNo.1となっております。こういう意味でTRONプロジェクトは、現実に機器組み込みOSにおける仕様標準化による開発効率の上昇という目的を果たせたと考えています。

スライド30「なぜオープンでなければいけないのか」

 基盤システムがなぜオープンでなければいけないかということは、この後の講演でも触れられると思いますので、私は一点だけあげておきたいと思います。それは、長持ちしないといけない基礎だからこそ、オープン──つまり非営利でないといけないということです。

 標準化が多くの意味でコンピュータシステムの発展に重要であることは確かです。しかし、それがクローズシステムによる営利的なデファクトスタンダードとして実現された場合、そのシステムを握っている会社は意図的に古いシステムを陳腐化(ちんぷか)させ、バージョンアップさせるというサイクルを行い始めます。なぜなら、ソフトウェアは決して摩滅(まめつ)しないので、意図的な陳腐化をしないと需要が飽和した時点で収入の道がなくなるからです。また、それを続けるためには仕様を自分で自由に変更でき、かつ、他社にコンパチブルなシステムを作らせないようにする必要があります。これもバージョンアップにより「他社がついてこられない」状態を作ろうという意志につながります。より高性能のマシンへの買い換え需要が生まれるハードメーカーや、バージョンアップについてこられないユーザ向けのノウハウ本を作る出版社にとってはメリットがあるでしょうが、社会全体としてはこれは不幸なことです。

 いつまでたってもシステム基盤が安定しません。セキュリティホールもつねに新しいモノが生まれ、そこをねらったウィルスが必ず作られます。安定したソフトウェア・ライブラリも蓄積しないので、応用ソフトウェアを作るシステムビルダーも最終的な製品コストも安くできません。例えば、障害者対応製品などはどうしても市場が小さく、OSのバージョンアップがあるたびに困まってしまうという声をよく聞きます。

スライド31「どこでもコンピュータ=オープン」

 このようなことでは、生活環境全般の基盤を担うシステムとはなれません。ですから、基盤は非営利の組織が広く長く使えるモノを提供し、その上で多くの人々が多様な努力をする。そして、それらの努力が容易に連携できるようになっている。そのための「オープン」です。ですから「どこでもコンピュータ」環境をゴールとしたTRONプロジェクトでは当初より「オープンアーキテクチャ」を謳(うた)っており、その意味でも先進的なプロジェクトだったと自負しています。

スライド32「オープンな基盤の重要性」

 マイクロプロセッサの進歩は急速で、小型化、低価格化が進み、世の中の動きとして家電や機器コントロールだけでなく、環境を構成するものすべてのモノへのコンピュータ組み込みが進んでいます。「どこでもコンピュータ」環境はすぐ近くに来ているとも思えます。しかしまた、このようなユビキタス・コンピューティング環境においては、セキュリティアーキテクチャや環境を表現するデータや意味データの互換性などまだまだ多くの研究すべき課題も残っています。多くの人が多くの場で行う多様な開発努力をつなぐことができるオープンな基盤の重要性はますます高まるでしょう。
 
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