坂村 健 |
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スライド19「電脳住宅設計時から比べて」
TRON電脳住宅では、当時のコンピュータではなく将来のワンチップマイコンの性能を想定してシステムをつくりました。このため多くの部分にマイコンの代わりにワークステーションやPCを代用しましたので、結果的に地下は一大コンピュータセンターという感じになってしまいました。こんな豊富な情報処理能力を一つの住宅で使えるはずがないという話もありましたが、現実のマイクロプロセッサの性能やコストは私の予想どおりか、それ以上に進みました。一方、住宅設備のネットワーク化の進みはそれに比べて遅れています。その大きな理由が今述べた「どこでもコンピュータ環境全体を一つのシステムとしてプログラムできる方法論」の部分がまだ無いためです。
TRONでも、ずっと部品の部分の準備をしてきたのですが、同時にそのプログラム方法論の研究もずっとつづけて来ました。これから数年でこの部分を完成させてTRONプロジェクトをゴールインさせたいと考えています。
ところでTRON電脳住宅ですが、3年間をかけて実際に人が住み各種のデータを取り、協調、妥協動作の研究を行いました。コンピュータの故障時、火災、侵入者等の異常事態想定をした実験も行いました。残念なことに実験終了後、敷地を別の目的で利用するためにTRON電脳住宅は壊されてしまいましたが_。
このようにTRONプロジェクトはまず、未来イメージを固め、コンセプトにフィードバックすることで、できるだけ広く長く使えるアーキテクチャを構築したいと考えたのです。
スライド20「TRONプロジェクトの始まり」
このようにTRONでは、モノのコントロールが機械式制御からソフトウェア式制御にと、ものづくりの概念が大きく変わってしまう将来を想定しました。
当然、開発の比重はソフトウェアの開発に移っていきます。機能の高度化は、ソフトウェア開発の負担増につながります。開発期間短縮のためにも、品質維持のためにも、ソフトウェアの生産性の向上がキーになる──すでに、このような想定は現実のものになっています。
そこでソフトウェアの生産性を上げるため開発プラットホームの標準化が重要であると考え、1980年代初頭から組み込み向けオペレーティングシステムの研究に着手しました。81年から3年間かけて要求仕様(requirement
specification)をまとめ、その具体化のために1984年から開始したのがTRONプロジェクトなのです。
スライド21「The Realtime Operating system Nucleus」
TRONの名前は「The Real-time Operating system Nucleus」の頭文字です。機械の中に組み込むコンピュータにはリアルタイム性が必須である。そのための、組み込み型リアルタイムオペレーティングシステムの標準プラットフォームの開発を行うという意味が込めてあります。
TRONプロジェクトの進め方としては産学共同方式をとり、東京大学の私の研究室を中心として、マイクロエレクトロニクス企業、マイクロプロセッサ利用企業が集まって、完全なオープンアーキテクチャ方式でプロジェクトを進めました。
スライド22「TRONのコンセプト1」
TRONのコンセプトの、第一は当然TRONの名前の中にも含まれている「リアルイタム」です。リアルタイムとは、現実の実時間に対応できる能力を持っているということです。人間が操作する機器なら、人間の操作に遅れず応対できないといけないし、車のエンジン制御ならエンジンの燃焼状況に応じて非常に速く制御ができなければいけません。それぞれのシステムで要求されるリアルタイム性能は違いますが、特にエンジン制御などでは千分の1秒以下の時間での応答が求められますし、そもそもエンジンの爆発は待ったなしです。どんなに処理がたてこんでいても、絶対この時間内で結果を返さないといけないという要求には確実に答えられなければなりません。こういう分野をハード・リアルタイムというのですが、組み込みを前提とするTRONでいうReal-timeは当然、この分野までカバーする必要があります。
これに対して、PCやワークステーションのOSでは利用目的や性能に関する注目点が異なるので、当然そこまでのリアルタイム性は必要ありません。人間を相手としているので、一般にずっと応答性能は低くてもいいですし、最悪の場合は砂時計マークで待ってもらえます。例えば、リアルタイムの応答時間はITRONでは割込から応答までサブμsec――百万分の一秒以下のオーダーですが、通常PCやワークステーションのOSでは数m秒から数十m秒のオーダーで、つまり千〜一万倍の開きがあります。
スライド23「TRONのコンセプト2」
もう一つのコンセプトは「軽くてコンパクト」なことです。ハード・リアルタイムとはいえ、機器の中に組み込むマイコンチップで実現できなければなりません。PCに比べればCPU性能もはるかに低く、メモリーも少ない容量で実現しなければならないわけです。例えば動作周波数(clock
cycle)が十から数十MHz程度のCPUで動作する必要があり、システムも1KB程度の容量で収まります。今のPCに比べれば五百分の一くらいでしょうか。
スライド24「より小さく、よりコンパクトに」
実は、このあたりのトレードオフがアーキテクチャ設計上の難しいポイントで、ソフトウェア開発の面からはOSを出来るだけ高機能にして、しかも仮想化(virtualization)といってハードウェアの違いを隠すようする方がいいのですが、そうするとどうしても「軽くてコンパクト」でなくなる。高機能で複雑なアプリケーションの開発負担をなくすために、リッチで仮想化を進める方向に向かうPCやワークステーションのOSとはこの点でも、方向性が違っています。
私がTRONを長いことやってきての実感は、どんなに技術が進んでも、つねに「より小さく、よりコンパクト」なものの需要はあるということです。同じコストで性能が2倍になるテクノロジーができれば、同じ性能で半分のコストのものを作って欲しいという需要も常に生まれます。「どこでもコンピュータ」環境というのは、さきほどの例のように極端な話「ゴミにもチップを」ということですから、理想的にはコンピュータは限りなく安くになって欲しい。
スライド25「電子文房具類」
TRONでもシステムファミリーとして小さいサブセットと正規のバージョンの二つのバージョンを作ると、普及するのは大抵小さいサブセットの方です。こういう小さなモノに入れるとなるとどうしても、「小さなモノ」「小さなモノ」となる。そのあたりのセンスが、大艦巨砲的というか恐竜的に進化しているPC-OSあたりとTRONの一番大きなセンスの違いだと思いますし、そのちがいこそTRONが最初に立てたゴールイメージによるものと思っています。 |
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