2002年に向ける私の思い |
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「生活者の選択こそ生活者の富を増大させる」 |
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理事長 武田郁夫 |
工学知とテクノアントレプレナーシップに称賛のメッセージを贈りたい、その思いから本財団はスタートした。2年目を迎えるにあたって、私の思いを述べておきたい。
武田賞は、生活者に富と幸福、そして豊かさをもたらすこと、これが授賞の条件となっている。というのも、工学知とテクノアントレプレナーシップと呼ばれる知力、気力や気概なくしては、生活者に富をもたらすことはないし、生活者の新しい財産や価値と言ったものは、多くの場合、工学知とテクノアントレプレナーシップによってもたらされているからである。
例えば、私の場合、今を去ること50年ほど前、タケダ理研工業を設立した。現在の株式会社アドバンテストの前身である。その時の私は、これから勃興する半導体試験機器で世界オンリーワン、そして、世界ナンバーワンを目指すという目標を定めた。がむしゃらに取り組み、達成できた。体験的に私の持論はこうだ。生活者は豊かさを求める、限りなく求める。それに限りなく応えられるビジネスこそ、生き残る。その企業は、生活者によって、選択されつつ成長するのだ。武田賞は、生活者に新たなる富を生み出す工学知と企業精神ともいうべきテクノアントレプレナーシップに差し上げたいと思っている。
21世紀は、生活者の富が増大する世紀だ、と私は述べてきた。生活者は日本国内の人だけを指すのではなく、ボーダレス社会における現在の地球に住む人全部を指す。いったい、地球に住む人全部の富の増大とは、どういうことかというと、モノであるとか、サービスであるとか、財として交換されるものと、知識や技術、芸術といった人類共有の文化的財産として蓄えらえるものとの両方が、ともに増大するということである。そして、これらは市場を通じて獲得されている。
さて、21世紀が始まり、市場を取り巻く経済活動状況は、ITによるコンピュータとネットワークの出現により新たな局面を迎えている。サイバー上で行われる電子商取引などは、既によく知られている。これは、サイバー経済である。電子商取引は、その性質上、国境を越えて、ボーダレスに展開されている。また、電子商取引のみならず、人間、商品、サービス、あらゆるものが、国を越えて行き来するようになった。ボーダレス経済である。さらに、マルチプル経済と言われる金融市場の存在がある。投資家によって、より有利な決済が追求されている。これらと実体経済、つまり、商店で品物を買ったり、商品が倉庫からトラックで運ばれて売買されたりする実体をもつ経済とを併せた4つの経済空間が重なりあって存在しているのが、21世紀の現代である。これらの経済局面の分析は、私が感服して読んだ大前研一氏の著書「新資本論」からお借りしたものだが、全くそのとおりだと言えよう。
投資家を含む生活者にとって、市場から得たいものは、といえば、「よいもの」である。よいものを選ぶとき、そこに内包されている技術やアイディアなどは彼らの目には見えていないことが多い。目に見えていようとなかろうと、よいものとされるものを消費者は選ぶ。この選択こそ、実は生活者の最大のパワーである。選択されることによってしか、よいものは勝ち残らないのだ。
しかし、だ。そこには技術やアイディアが必ずある。それらなくして、よいものとして売れるわけがないのだ。私はそれらの中の画期的な技術やアイディアに注目する。新しい技術を生もうとするとき、はたまた大胆なアイディアを実行しようとするとき、多くの人間の精神的エネルギーが費やされる。そのエネルギーの源こそ、工学知やテクノアントレプレナーシップと呼ばれるもののことなのである。その多大な努力を称えたい、彼らのもつパワーを尊敬したい。これが私の武田賞に対する思いである。
先に述べた、経済活動状況において、特に注目される市場、情報・電子系市場、生命系市場、環境系市場においてこそ、21世紀の生活者の富は蓄積され、増大する。2002年は、これらの市場にますます注目しつつ、よりよい選考をし、知のメッセージを発することができればと、望む次第である。(2002年4月5日) |