ご挨拶
本日は、財団法人武田計測先端知財団 設立披露の祝宴にご出席賜りましたこと、厚く御礼申し上げます。
本日のご来賓には、東京大学前総長の蓮實先生、主務官庁である経済産業省の岩田課長をはじめ、産官学の各界を代表される方々、駐日大使館の参事官の方々にお越し頂くことができました。心より感謝申し上げます。
私自身のご紹介とご挨拶を兼ねて、以下、私の理念とするところを申し述べさせていただきます。お手元の式次第にもございますので、併せてご覧頂ければ幸いです。
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計測と工学知、わたしの理念
私、武田郁夫は1944年、学徒動員によって、初めて逓信省電気試験所の神代分室の門戸を叩きました。そこで研究の面白さにのめり込み、そのまま1946年から正式に勤務を開始する幸運に恵まれました。日本における最初の半導体基礎研究グループに参加することができ、当時は気付きませんでしたが、これは非常に自由闊達に研究のできる環境に身をおいた貴重な体験となりました。まだトランジスタが発明される以前に、量子力学的固体論や素材研究などの基礎研究の重要性を目のあたりにし、その先に電子産業の明るい将来のあることを展望することとなりました。
その神代分室での出会いが私の後の人生を決定づけたと言っても過言ではありません。それは故清宮博氏との出会いでした。清宮氏は私が入門した当時の神代分室の室長でした。清宮氏や天才的技師であった関壯夫氏をはじめとするリーダーたちに「素材の知識を深めよ」と薫陶を受けたことが、1954年に私がタケダ理研工業という電子計測器のベンチャー事業を起こすことに結果的につながりました。
高分子材料、半導体材料やトランジスタの研究開発のお役に立てる計測機器を生み出す「世界のオンリーワン」企業を目指したことが、非常によい結果につながりました。タケダ理研工業、現在の株式会社アドバンテストの勢いは皆様のご存じのところです。また、「将来はCMOS。動作限界速度でタイミング測定とファンクショナルテストのできるテスタが必要」という半導体工学の専門家の助言に従ってICテスターを開発し、実現できたことが更なる大きな飛躍となりました。それが1970年頃のことです。
タケダ理研工業が大きな危機に立たされたときもありました。私は悔しい思いもしました。その危機に見舞われたとき、私を助けてくださったのは、当時富士通の社長をされていた故清宮氏でした。その時に大変立派な人材を富士通から社長として派遣して頂いたことにより、その後のタケダ理研、現在のアドバンテストは世界の優良企業に発展いたしました。
以来、私の受けてきたこのような恩恵について、私は感謝してもしきれない気持ちを持ち続けております。今の私があるのは、私を支えてくださった方々の助言と励ましがあったからにほかなりません。今、私が本財団を立ち上げ、事業を展開しようとしているのは、こういった恩恵に報いたいがためです。賞という形をとって、いくばくかの還元を社会に対して行いたい。それが私の願いです。
「武田計測先端知財団」は、工学知の創造とその活用によって、生活者にとっての価値を実現した人々、また、価値を実現させんとしている人々に対して賞を贈ります。
資本主義のメカニズムにおいて、工学知の役割は本質的だと思います。工学知によって革新がもたらされ、新しい富がもたらされています。富の増大する中から、その一部が再投資され、更なる競争力をもたらす工学知が生まれます。この循環こそが人類の持続的経済成長を支えます。小室直樹氏の著書にも、「資本主義の生命は創造的破壊−革新−にある」とあり、強く共感するところであります。
利益は競争に勝利することによってもたらされます。競争力を高めることによって新技術や新製品、付加価値が生み出されます。資本主義の本質とはそういうものではないでしょうか。そして、資本主義における市場とは世界中の生活者によって形成されるものです。より豊かな生活、より幸福な生活を求めている世界中の生活者によって形成されています。
また、新しい市場を形成するには、新しい事業が起こされなければなりません。資本市場には投資家を呼び寄せる魅力がなくては誰も投資しません。投資家もまた、生活者であります。資本主義はまことに生活者によって形成されています。生活者は、ボーダーレスの現代において、世界をまたにかけて行動しています。
近年、特にそのあり方が議論の的となっている環境問題においても、環境の保全や改善が、「工学知」によって導かれ、生活者の価値が実現され、投資が促進される市場が形成されればよいと考えます。本財団では、そのような角度からの環境問題への参加を果たしていきたいと考えております。
競争力をもたらす「工学知」に本財団は注目します。私は「工学知」あってこその資本主義であり、資本主義あってこその「工学知」だと思います。「工学知」の「知」については、新しい技術を実現するための従来の一方通行のリニアモデル的開発だけではなく、モード2と呼ばれる様々な研究領域の間を行ったり来たりして開発されている様相を包含する表現だと捉えております。
このような考えに基づいて、計測技術から出発した私が、人類に富と豊かさ・幸福をもたらす一連の工学知の創造と活用によって、価値を実現した人々、また、価値を実現させんとしている人々に対して賞をお贈りしたいと考えた次第であります。
2001年6月7日
武田 郁夫
*****終わりのご挨拶*****
長い間、ご静聴ありがとうございました。本日は、本財団の設立を披露し、皆様とご歓談のひとときを持てますこと、大変感謝しております。本財団に皆様方のご支援を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。どうもありがとうございました。
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