私、武田郁夫は電気試験所(現在の産業技術総合研究所)の神代分室に勤務し、若い時代(1944年)に日本における最初の半導体基礎研究グループの一員となった。まだトランジスタが発明される以前のことである。そこで量子力学的固体論や素材研究などの基礎研究の重要性を体験し、電子産業の将来を予見した。その後、半導体研究や電子・情報産業における計測技術の重要性に着目し、電子計測器のベンチャー事業を起こした。
「直流は増幅できない」という誤った理解をしている人が多かった頃、1955年に開発した直流増幅器による1×10フルスケールの電流感度の直流電流計と、3×10の電流検出感度をもつ振動容量型電位計を作ったことは、高分子材料、半導体材料やトランジスタの研究開発のお役に立てたと思っている。
さらにバイポーラICが全盛だった1968年に「将来はCMOS。動作限界速度でタイミング測定とファンクショナルテストのできるテスタが必要」という半導体工学の専門家の助言に従ってICテスターの開発に着手し、1970年にプロトタイプを完成した。そして、この半世紀にわたって、半導体研究が生み出した工学知が、世界の人々にもたらした豊かさと幸福と富を目の当たりにした。私の創業したタケダ理研工業株式会社(現、株式会社アドバンテスト)は、世界の優良企業に発展している。
工学知は分野や組織をこえたネットワークから生み出される。そしてその知は、資本主義の市場メカニズムの中で磨かれ鍛えられて、人類・市民に価値をもたらす知力となる。知と技術とアントレプレナーシップの一致という自らの体験をふまえ、工学知の創造を通じて社会に貢献しようとする人々を勇気づけ、世界の人達から「Techno-Entrepreneurship賞」と呼んでもらえる顕彰・助成ができる財団をつくることを思い立った次第である。 |