三井:今夜は、「花の咲く不思議」というテーマでお話を進めます.本日来ていただいたのは、法政大学教授の長田敏行さんです.以前は東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻(植物学)の教授で、小石川植物園の園長もやっておられましたので、植物のことは何でもご存知だろうと思います.そして、もうお一方は、いつも来ていただいている大島さんです.
では、最初に長田さんからお話していただきます.
長田:大島先生からのお誘いを気軽にお引き受けしてしまったのですが、最初にお断りしておかなければいけないのは、私は必ずしも花の専門家ではないということです.私の専門は別にあるのですが、1年程前、『遺伝』という雑誌に、「フロリゲン・クエスト」と題して、私がなぜフロリゲンに関する研究を紹介するのかということを書きました(2008年1月号).それを大島先生にお見せしたら、「面白い!」ということで、今日の運びになったわけです.それで、私がなぜそういうことに興味を持っているのか、そして、なぜ今日の話のテーマになったのかということを最初にお話ししたいと思います.
事の発端は、2006年1月7日に、存命であれば100歳の誕生日を迎えるはずだった、ドイツのマックス・プランク生物学研究所の教授であったメルヒャース(Georg Melchers, 1906-1997)先生を偲ぶ会があって、私もその会への出席を要請されたことでした.そこで、マックス・プランク発生学研究所の教授になったばかりの若いヴァイゲル(Detlef Weigel, 1961-)さんが記念講演をされました.彼は、フロリゲンの正体を明らかにした主要な研究者の一人ですから、当然のことながら、フロリゲンについての話をしました.そして、フロリゲンに関して先駆的な研究をされた二人の生物学者についてのお話もされました.その一人がメルヒャースさんで、彼はフロリゲン仮説の提唱者の一人なのです.
もう一人は、ビュニング(Erwin Bunning, 1906-1990)先生というチュービンゲン大学の教授だった方で、誕生日もメルヒャースさんと2週間くらいしか違いませんから、存命であれば、2006年の1月にやはり100歳の誕生日を迎えるはずでした.彼は、生物リズムの先駆者ですが、生物リズムは今日のテーマと密接な関係があります.
フロリゲンという名前を付けたのは、ロシア人のチャイラヒャン(Mikhail Chailakhyan, 1901-1991)ですが、同時期に、メルヒャースさんとオランダのクイパー(J. Kuijper)もそれぞれ独立に同じような考えに達していました.それは、1936~1937年のことです.
個人的なことになりますが、メルヒャースさんは私のことを息子のように可愛がってくださいました.そして、亡くなる半年程前に、ご自分の論文を全て私のところへ送ってくれたのです.その中に「私が亡くなれば、君が私の追悼文を書かされるだろうからこれを送る」という手紙が入っていました.
そういうことがあって、つらつら考えてみると、フロリゲン仮説が出てから、その正体が明らかになるまで、70年という非常に長い年月を経ていますから、70年前にどのような研究がなされたかについては、具体的にどのような内容であったかあまり知られてはいないのです.そこで、手元にはメルヒャースさんの初期の論文もあることですから、昔の話から今の話へと繋げてみたいと考えました.
これまで、フロリゲンに関する否定的な意見も多くありました.京都大学の瀧本敦先生は、花の咲くことに関しては専門家で、多くの本も書かれていますが、1990年に出版された『植物の生活環調節機構の動的解析』という本の中で、「花成ホルモンは存在するか?多年にわたる世界中の科学者の努力にも係らず、未だ花成ホルモンというべきものは抽出されないため、現在では花成ホルモンというべきものは存在しないと考える人が多い」と書いておられます.これが、僅か20年前の非常に率直な意見でした.従来のやり方ではそういう結論にしかならないのです.ところが、その頃から世の中はどんどん変わっていきました.
花が咲くというのは、植物の生活サイクルの最後の段階で、一生の締めくくりのようなものですから、次の世代に子孫を残すといった意味でも、非常に大事なことです.従って、花の咲く切掛けは何かということを、多くの人が研究してきました.そして、1920年に、花芽を付ける条件として必要なのは光周性であるという画期的な論文が出ます.光周性というのは、季節によって変化する昼夜の長さに影響を受けて反応する性質のことです.地球は回っていますから、明るい昼があって暗い夜があります.この明るい時間の長さが長くなると花芽がつくられる植物を長日植物、短くなると花芽がつくられる植物を短日植物、光周性を示さないものを中性植物と呼んでいます.
光周性発見の発端となったのは、畑で作っていたタバコ(長日植物)の中に、通常の条件下では全く花を付けないで、葉だけがどんどん繁って大きくなる突然変異の品種が出てきたことでした.アメリカのメリーランド州ベルツビルにある農務省農業研究所のガーナー(W. W. Garner)とアラード(H. A. Allard)という二人の学者は、長日条件では花を付けないその変異株が、短日条件に置かれると花芽が付くことを発見したのです.
この写真(別掲)の左側にある小さいタバコは短日条件下で花が咲いています.右側のタバコは長日条件下で花を付けずにドンドン大きくなったものです.この写真を送ってくださったのは、ウイスコンシン大学のリック・アマシノ(Rick Amasino)さんで、バーナリゼーション(春化処理:低温の時期を与えることによって、花芽の形成を促進する方法)の先駆的研究者です.
このように、花が咲くのは一日の明るい時間と暗い時間の比率で決まるということは分かりましたが、その時間を感知しているのはどこなのでしょうか.1937年にフロリゲン仮説を提唱したチャイリャヒャンは、キクを使って実験しました.茎の先端を被覆して、葉に光周期を与えてやる.反対に、葉を被覆して、茎の先端に光周期を与えてやる.その結果、花芽が付くのは、葉に光周期を与えたときで、葉から何らかの信号が出て、それが茎の先端まで伝わり、そこで花芽ができるのではないかとチャイリャヒャンは考えました.それをフロリゲンと呼んだわけです.そして、フロリゲンは葉から茎の先端まで移動する分子ということで、花成ホルモンと言われるようになりました.
ホルモンというのは、元々動物ホルモンで定義された言葉で、生体内の限定された部位で生成され、特定の部位に運ばれて働く化学物質で、きわめて微量でも活性を示すものということになっています.植物でも、オーキシンのように、茎の先端でつくられて基部のほうへ移動して働くものが知られていて、植物ホルモンと呼ばれるようになっていましたから、フロリゲンも植物ホルモンの一種だと考えられたわけです.
では、短日植物のフロリゲンと長日植物のフロリゲンは同じなのでしょうか.そこにメルヒャースさんの仕事が関係してきます.彼は、ヒヨスというタバコに近いナス科の植物で、ハイヨスサイナミン(hyoscyamine)などのアルカロイドをつくる植物で実験しました.普通のヒヨスは二年生植物ですから、冬の低温を経験して春の長日条件下で花が咲くのですが、わずか一つの遺伝子変異によって、一年生植物として、短日条件下で花芽を付けるものがあります.メルヒャースさんは、一年生の短日植物であるヒヨスに光周期を与えてやり、それを二年性の長日植物であるヒヨスに接ぎ木しました.そうすると、低温を経験していない二年生のヒヨスも花芽をつけたのです.接ぎ木と台木を逆にした実験でも同じことでした.これは、ヒヨス同士を繋いだ最初の実験ですが、その後、タバコとヒヨスでも繋がることが分かっています.従って、もしフロリゲンがあるとしたら、それは種の違い、長日と短日の違い、属の違いをも超えたユニバーサルなものであろうと考えられました.それがフロリゲンの重要な特性の一つになります.
それから、光周期において大事なのは、明るい時間ではなくて、暗い時間の長さだということです.なぜなら、暗い時間の途中で光を入れてやると(光中断)、暗い時間の効果が失われて、花が咲かなくなってしまうからです.ところが、暗がりの中で植物が示す活動は一様ではなく、そこにはリズムのようなものがあるということを発見したのがビュニング先生です.これが植物固有のリズム、つまり生物時計に関係してくるわけです.
フロリゲンに関する古典的な研究はこのようなものですが、フロリゲンで、花咲か爺さんのような一攫千金を夢見て、世界中でその探索が続けられました.しかし、1990年頃には、先程紹介したように、その存在を否定するような意見もありました.ところが、その頃から分子遺伝学がどんどん進んできます.特に、シロイヌナズナ(長日植物)という実験用植物の全ゲノムが明らかになったことで、分子生物学的なアプローチができるようになりました.シロイヌナズナのゲノムはサイズが小さいものですから、いろいろな変異を誘導した解析が容易にできるのです.
そのシロイヌナズナで、光の周期を感じなくなったコンスタンス(Constans)と呼ばれる変異(co)が見つかりました.その遺伝子の転写産物であるRNAの発現量を調べてみると、正にリズムがあって、24時間の周期で変動していました.つまり、明るいときに増えて、暗くなると減るわけです.RNAの変化より面白いのは、その産物であるタンパク質の変化です.これは暗くなると壊れてしまうのですが、明暗を繰り返している間に蓄積され、それがある閾値を超えると花が咲くということが分かりました.では、コンスタンスがフロリゲンかというと、残念ながら、コンスタンスは全く移動しなかったのです.
そこで、移動するものを探した結果、花の咲くローカスのT(FT)というのがコンスタンス遺伝子の下流にあり、それが葉で読まれて、その産物が茎の先端に移動するらしいということが分かりました(2005).それが、RNAではなくてタンパク質であると証明されたのが2007年で、ちょうど70年ぶりにフロリゲンの正体が分かったということになるわけです.
実は同じ頃、日本の研究者がイネを使って、同じような結果を出しています.イネのゲノムも2002年に全ての塩基配列が決定されましたから、いろいろな変異が調べられています.イネでも、シロイヌナズナのコンスタンスと同じように光周期を感知しないで穂が出る変異遺伝子(Hd)があります.イネは短日植物ですから、開花のシグナル伝達経路は長日植物のシロイヌナズナとは異なり、FTに対応するHd3aという遺伝子が短日条件で活性になることが分かっています.
以上が、70年ぶりにフロリゲンの正体が分かったという非常に荒っぽい話です.
大島:「花の咲く不思議」というテーマで、皆さんの関心は二手に分かれるのではないかと思っていました.サイエンスでは長年の課題というものがあって、事実は分かっていても説明がつかない現象がありますので、そういうことに関心がある方もいらっしゃるかと思ったのですが、参加申込みのときのコメントを拝見すると、ほとんどの方は植物そのものの不思議のほうに関心がおありのようで、それは私にも大いに関心があります.
植物は動物とはまるで違います.危険が迫ったときに逃げることはできないので、動物にはない防御の分子機構をもっています.それに、花が咲くということ自体がとても変わった不思議な現象です.不思議なことはそれだけではありません.そこで、最初に、私が素朴に不思議だと思っていることを質問して、長田先生にはそれに簡単に答えていただこうと思います.
海底の熱水噴出孔付近に、太陽光には全く依存せず、熱だけに依存した生態系があります.その中の主役の一つの動物は、日本語で羽織虫という言い方をしていますが、チューブ状のミミズの親玉みたいなもので、地面の中に体の一端を埋め込み、動物のくせに動き回ることはしないで、まるで植物のように動かないのです.そこで最初の質問は、一番基本的なところで、何が植物なのですか.
長田:植物が動けないというのも、それに応じていろいろなものが発達しているというのもその通りですが、最初にそういうものがあるグループとして出て来た理由は何かということになると、それは分かりません.
大島:生物の教科書では、昆虫と植物の両方の進化で花がきれいになったと書いてあるのですが、きれいな花の大部分は人間が売ろうと思って作ってきたのであって、本当に昆虫との係わりできれいになったのかどうか、私は非常に疑問に思っています.それから、実験用に使うシロイヌナズナのようにケチな花しか付けない植物がありますが、それらはどうして進化しなかったのでしょうか.
長田:花が昆虫との係わりでああいう風になったというのは、人間の勝手な解釈であって、我々が楽しんでいる花も人間が勝手に作ったものです.花の色に関して言うと、昆虫は我々が見るのとは少し波長が違って見えますから、昆虫との関係はあるかもしれないと思われます.しかし、イチジクは見えないところに花をつけます.花びらは作りません.イネの花も花びらはありません.一般に素晴らしい花と言えるかどうか分からない類の花の多くは風媒花です.
大島:植物は挿し木のようにクローンができやすいわけですが、自然界でもクローンで増殖しているほうが多いのではないかという気がします.植物にとって、やはり実をつけることは大事ですか.
長田:数の比較はしたことがないので分かりませんが、種子をつくるもののほうが多いのではないかと思います.確かに、栄養生殖(根、茎、葉など、栄養体の一部から新しい個体が形成される生殖法で、無性生殖の一つ)で増えるものはたくさんあります.ソメイヨシノは人工的な雑種であって、ほとんどがクローンです.
一方、日本で見られる竹(孟宗竹)は70年に一度花が咲きますが、その間はずっと栄養生殖です.そこにどういう意味があるかは誰も分かっていません.ただ、ヒマラヤには毎年花が咲く竹があるそうですから、花が咲く周期は竹の種類によって違います.
私の最初の仕事は、葉から1個の細胞を取り出して、それからクローンをつくるというものでした.植物のクローンができると最初に言ったのは、アメリカのスチュワード(F. C. Steward, 1904-1993)さんで、1950年代後半のことですが、そのときの全能性(1個の細胞が種々の組織器官に分化して完全な個体を形成する能力)は約5パーセント程度でした.我々が1970年頃にやった研究では、葉から回収した細胞を裸にしたもの(細胞壁を分解したもの)から培養して、90数パーセントの全能性がありました.
大島:受精を通して子孫を作るのは、好ましくない変異の蓄積を避けるためだと教えられているわけですが、400年余もクローンで増えているソメイヨシノのような植物は、好ましくない変異が起こることを防いだり修復したりする能力があるのですか.
長田:どのような植物でも栄養生殖するものは変異が蓄積します.ソメイヨシノには寿命があって、60年くらいで枯れるという説もありますが、東大植物園には100年を超えたソメイヨシノがあります.また、ジャガイモの中に、ひたすら栄養生殖で増えているものがあります.アメリカの代表的なジャガイモの品種は、1900年頃に作られたものですが、それが現在でも栽培されています.
大島:最後の質問です.長田先生は東大小石川植物園の園長をされていました.そこには、ニュートン(Isaac Newton, 1643-1727)のリンゴの樹があると聞きましたが、信憑性はどのくらいあるのでしょうか(笑).リンゴは関係なかったという説もありますが.
長田:ニュートンはリンゴを見て万有引力を発見したと言われていることに関しては、私もあまり信用していません.ニュートンがケンブリッジ大学の学位を取得したのは1665年ですが、その頃ペストが流行して大学が閉鎖され、2年間、自分の故郷であるウールスソープに帰ることになりました.プリンキピアに書かれている法則は、その2年間の間に考え出されたものだと言われています.小石川植物園にあるリンゴの木は、ニュートンの故郷の庭にあったリンゴの樹で、その苗木が日本に来たのは戦後です.当時の日本学士院長であった柴田雄次先生が、イギリス国立物理学研究所長のゴートン・サザランドさんから公式に送ってもらったということで、正真正銘のニュートンのリンゴの樹です.この木の分身が日本各地で育っていて、それぞれニュートンのリンゴの樹だと主張しています.
最近、このリンゴに関して、新たな発見がありました.食べるリンゴはヨーロッパで成立したのではないかと長い間考えられていたのですが、DNAの塩基配列を調べた結果、3,000~4,000年程前に今のリンゴのプロトタイプができていて、ローマ時代にヨーロッパに広まり、イギリスへも渡ったということが分かりました.ニュートンのリンゴの樹には「ケントの花」という品種名が付いていて、美味しいリンゴではありませんが、1660年代の、品種改良の手が入っていない貴重なものなのです.
更に、今のリンゴの故郷がカザフスタン辺りだということも分かりました.そこは旧ソ連の原水爆実験場で、長い間人は入れなかったのですが、近年になってやっと入ることができるようになり、オックスフォード大学の研究者が行って調べたわけです.あの辺りは、インドがユーラシア大陸にぶつかって隆起したヒマラヤ山脈や崑崙山脈に近いところですから、本来なら広く分布するはずのものがカザフスタンに限定されたのは、山脈によって分断されたからだということです.リンゴだけではなく、他のいろいろな果実もあの辺が故郷だということです.
大島:メンデル(Gregor Mendel, 1822-1884)のブドウの樹というのもあるそうですね.
長田:メンデルのブドウの樹というと奇異に思われるかもしれませんが、メンデルの法則で有名なエンドウ豆を使った実験はホビーであって、本当は、ブドウ、リンゴ、ナシなどの品種改良をやっていたのです.例のブドウの苗が日本に送られて来たのは1914年のことでした.我々の先輩が1913年に修道院を訪ね、そこにあったブドウの苗を送って欲しいと頼んだのです.
当時のチェコはオーストリア・ハンガリー帝国の一部で、第一次世界大戦後にチェコスロバキアとなり、第二次世界大戦後は社会主義圏に入りました.その後、修道院は閉鎖されて、ルイセンコによってメンデルの遺伝学は否定され、やがて、メンデルブドウもなくなってしまったのです.1989年にベルリンの壁が壊れたとき、チェコの人々はメンデルのブドウの樹が日本に残っていることを知り、送り返して欲しいということで、送ったわけです.1999年に、私はチェコのプラハに行く用事があり、そのとき、送ったブドウの樹がちゃんと根付いているかどうか見てきて欲しいと植物園の職員に言われて訪れたところ、送った苗はいずれも順調に生育していました.
その翌年の2000年は、メンデルの法則の再発見から100年だということで、それを記念した国際会議がブルノで開催され、私は、その会議にも出席しました.その会の主催者が、「はるばる日本から送られて来たこのブドウの樹こそ、チェコの人々が受けた様々な外的被害を最もよく象徴している」と紹介すると、聴衆は非常に驚いていました.
メンデルは、不思議な事に、染色体については知りませんでした.エンドウ豆の形質だけで遺伝子のようなものを考えたのですから、大天才としか言いようがありません.
大島:その結果を、ブドウの品種改良といった実学的なものに応用しようとしたわけですね.
長田:実学的と言えば、ミツバチやヒツジの品種改良もやっています.それに、彼は気象学者でもあって、その関係の論文のほうが多いくらいです.
三井:メンデルの居た修道院ではワインを作っていたのではないでしょうか.では、ここでしばらく休憩します.後半で、どんどん質問して下さい.
(休憩)
三井:後半を始めます.参加申込みのときに、植物に音楽を聞かせるのは良いのかというご質問がありましたので、そこに来ていらっしゃる音楽家の方に、そのようなことを実感していらっしゃるかどうか、お聞きしてみたいと思います.
A:モーツアルトの音楽のように穏やかな曲を聞かせると花がよく咲くというのは聞いたことがありますし、何らかのセンサーがあるような気はしますが、実際にそういう実験がされているかどうかは分かりません.
B:植物は動かないものだと言われますが、想像以上に素早く動くものだということに驚かされることがあります.オジギソウに触れると、見る見るうちに倒れますし、バラなどは毎日グングン伸びます.植物の運動と、音や光も含めた刺激との関係はどうなのでしょうか.
長田:植物に音楽を聞かせるという話は昔からあって、ごく真面目な論文が米国科学アカデミー紀要に出ています.その実験は、植物に音楽を聞かせて、葉の膜電位(細胞膜の内側と外側の電位差)を測るというものですが、応答が違うというのです.その結果、花が早く咲くかどうかは分かりませんが.
それから、植物は確かにかなり動きます.蔓がリズミカルに踊りながら支柱に巻き付くという映画を見たことがありますが、そうした動きと概日リズムは密接に関係していて、その方面の研究はけっこう進んでいると思います.
オジギソウも、南方へ行くと、動かなかったりします(笑).雨が降るとパッと葉を閉じますが、そうした刺激を受けると葉が閉じる仕組みはある程度説明できるようになっているのではないかと思います.
A:花というのは、いつの時代に、どうしてこの世に現れてきたのでしょうか.
長田:明らかに花的なものをつくるのは、イチョウやソテツからだと思います.裸子植物は精子をつくりませんが、イチョウとソテツだけは、ほんのわずかですが、精子をつくります.1896年に、二人の日本人がそれを発見しました.イチョウは、4~5月頃に花粉を飛ばしますが、精子を作るのは約4ヶ月後で、その間に精子が泳ぐための場所が用意されます.私は、それを「海の記憶を留めている」と、どこかに書いたことがあります.
花の起源と言えば、ニューカレドニアの熱帯雨林で発見されたアンボレラ(Amborella)という植物が現存する花の起源らしいという論文が出ています.その花を見せてもらったこともありますが、それほどきれいな花ではありませんでした.化石になると、もっと古いものもありますが、1億年前くらいのものではないかと思います.
大島:顕花植物(開花して種子を作る植物の総称)が地球の上を支配するようになったのは恐竜絶滅以降だと信じられています.化石はもちろんそれ以前から出ています.私は、最近、生物学的人間中心主義に毒されていますから、先程から言いたくて仕様がなかったのですが、植物がきれいな花を付けるのは、人間に見て欲しいからだと思います(笑).
長田:それを否定する証拠はないと思います(笑).
三井:人間も見られれば見られるほど美しくなると言われています(笑).
フロリゲンは葉で作られて、茎の先端へ行くということですが、ソメイヨシノのように、葉が出る前に花が咲くのはどうしてなのでしょうか.
長田:フロリゲンは花の原基をつくらせるための信号のようなもので、フロリゲンが我々が見ているような花を直接咲かせるわけではありません.ソメイヨシノの場合には、花の原基が既にできていて、温度条件が合うと咲きます.しかも、ソメイヨシノは全てクローン性で遺伝的に同じですから、ある時パッと一斉に咲きます.サクラもいろいろあります.梅よりも早く咲くサクラもあれば、遅く咲くものもあります.山桜は葉のほうが先に出ますから、俗に出歯桜と呼ばれます.八重桜は花弁だけで花の構造をしていません.
フロリゲンは、一種の遺伝子の転写制御因子と考えることができますが、茎の先端で花の原基をつくるリーフィ(LEAFY)と呼ばれる遺伝子などを働かせます.また、花の4つの器官(がく、花弁、雄しべ、雌しべ)は、A、B、Cという3種類の調節遺伝子の組み合わせによって決定され、形成されます.これは「ABCモデル」として知られています.八重桜が花弁だけだということは、この遺伝子セットのどこかに変異が起こっているということで説明できます.ABCモデルを提唱したのは、カリフォルニア工科大学のエリオット・マイエロヴィッツ(Elliot M. Meyerowitz, 1951-)さんで、1991年のことですが、彼は国際生物学賞(1997)を受賞しています.
こうしていろいろなことが分子レベルで分かってきますと、ゲーテが、植物変形論(Versuche : Die Meta-morphose der Pflanzen, 1790)の中で、「花は葉の変形したものである」と言ったことは、正に真実を突いた言葉であるということになります.その本の中には、ゲーテの描いたいろいろな絵が載っていますが、植物の各器官を注意深く観察したことがよく分かります.因みに、ゲーテは形態学ということを最初に言い出した人です.
三井:ツツジは、花が終わるとすぐに次の花芽ができているけれど、花が咲くのを抑えている物質があるので、翌年まで咲きませんが、サザンカは、その物質が足りないので、早々と秋に咲いてしまうという話を聞いたことがあります.
長田:それも、花芽ができた後は、環境条件で花が咲くという説明でよいのではないかと思います.
C:植物の中には、何十年に一度しか花をつけないものがあります.子孫繁栄の観点から言うと、少し変な感じですが、そのような植物はどういうつもりなのでしょうか(笑).
長田:季節によって咲くのは中緯度からで、緯度に応じた適応です.熱帯圏の植物はそういうことをしません.しかし、何十年に一度花が咲く竹のようなものは、そのままずっと栄養生殖で増えていくこともできるのでしょうが、どこかで何らかの環境条件を感じて、どうしても種子を作る必要があるのかもしれません.その証拠を捉まえている人がいるとは思いませんが・・・.
大島:花持ちがするものとしないものとがありますが、それを決めているのは何ですか.
長田:多くは、植物ホルモンのようなものが決めていると思います.カーネーションなどは、植物ホルモンの一種であるエチレンガスをコントロールすると、花が長持ちするようです.アメリカでは、エチレンを感じなくさせる花を作っています.
D:花が散るときにも、何らかの物質が指令しているのでしょうか.
長田:花が散るということは、花びらが本体から離れて落ちるということで、落ちるときは、葉もそうですが、離層という特別な組織を作ります.エチレンやアブシジン酸といった植物ホルモンが関係しているようです.葉が落ちるときは黄色くなりますが、葉の中身は全て回収されて、その残骸が落ちるわけです.ただ意味もなく葉や花を落としているわけではなく、ある種の意味があって、落としているということです.
大島:動物では、そういうホルモンの働きを、脳が最終的にコントロールするわけですが、植物には脳に相当する器官がありませんね.そういう司令塔がなくてもいいのですか(笑).
長田:植物は個別的なユニットが感じていますから、葉一枚からでも茎が出て根が付くわけです.例えば、南アフリカ原産のカランコエなどは、葉の外に子供がたくさんできて、どんどん増えます.そういう独立性が栄養繁殖できる理由の一つではないかと思います.
三井:先程の大島さんのご質問で、「植物とは何か」というのがありましたが、脳や神経の無いのが植物というわけにはいきませんか.
長田:言えるかもしれませんね.では、それがどうして成立したかとなると、「固い殻に囲まれているものだから・・・」というのが、大雑把な説明になるかもしれません.
E:植物工場で行われている光や温度のコントロールに関して、工学的に何か新しい試みはあるのでしょうか.例えば、植物の生物時計を工学的にコントロールして生産性を上げるということは可能でしょうか.
長田:植物工場は非常にエネルギーを食うということで下火になっていましたが、光源として発光ダイオードが使われるようになってから、また復活していますね.栽培条件としては、現在の条件で植物ができているものですから、それが最も都合が良い条件だということで、下手に変えると具合が悪いのではないでしょうか.
F:植物は太陽光の何パーセントくらいを利用しているのですか.
長田:太陽光のうちの20億分の1くらいが地球に到達して、植物が利用するのはそのうちのほんの1%であるとどこかで読んだことがあります.
大島:太陽から来る光の一番エネルギー効率の高い波長は550 nmですが、動物の目がそれを使っているのです.私は臆病ですから、自分の都合の良いように言いますが、生物にとって一番大事なことは敵から逃げることで、何かを生産するよりよっぽど大事だと思います.植物は、その波長の両脇のむしろ効率の悪いところを利用しています.たぶん、あまり勇敢でない方が生物的なのです(笑).
G:植物は襲撃や災害から逃れられない宿命になっていますが、どうやって身を守っているのでしょうか.
長田:駄目になった植物は膨大にあると思います.今残っているのは、そうした災いを切り抜けてきただけではないでしょうか.
H:自分を守るための化合物をつくっているのではありませんか.
大島:植物がつくるアルカロイドなどは毒性がありますね.動物に食べられないようにということで.
I:マンションの窓ガラスにUVカットのフィルムを貼ったのですが、室内にあるプラントに何か影響があるでしょうか.
長田:植物は、限りなく青に近い比較的長いほうの紫外線を感じていますから、その効果はいろいろと知られています.例えば、葉の裏にある気孔を開け閉めするのは、その辺の光でやっています.UVカットで何か影響があるかもしれませんけど、それほどの害はないと思います.
H:ソメイヨシノはクローンだから実をつけないということでしたが、私の家の裏に植わっているソメイヨシノは、黒いアメリカンチェリーのような小さな実を付けます.拾って食べてみましたが、同じような味がしました.
長田:問題は、その種を撒いて芽が出るかどうかということです.普通のソメイヨシノはほとんど実をつけませんが、小石川植物園には、ソメイヨシノの変種がたくさんあって、中には実をつけるものがあります.だから、園芸家が変異のあるものを増やしている可能性がありますね.そういうサクラの専門家はけっこういます(笑).
J:園芸屋さんで買ったアサガオの種を撒くと大きな花が咲きますが、家で育てて採った種を撒くと、小さな花しか咲きません.何が違うのでしょうか(笑).
長田:一つには、良い種を作るためには、植物を良く育てなければいけないということがあります.あるいは、買った種が雑種みたいなものだとすると、雑種の子孫は必ず親より悪くなりますから、大きな花は咲かないようになっているのかもしれません.アサガオと言っても、斑入りの葉とか丸葉のものがありますが、そういうものは日本在来のアサガオとは違って雑種なのです.しかし、多くの場合は管理状態で決まりますから、健全な植物を育てれば、良い種ができるのではないかと思います.
K:何千年も前の種が芽を出すという話を聞きましたが、どういうメカニズムが働いているのでしょうか.
長田:有名なのは、約2,000年前の弥生遺跡で古代の丸木舟と一緒に出てきたハスの種を、大賀一郎さんが発芽させたという話ですが、種子の寿命はいろいろあるらしくて、年を越すのさえ難しいのもあります.今のところ、種子が長持ちするのは、種子の中の構造など、いろいろなものが絡んでいるという程度しか分かっていないと思います.
大賀ハスが発掘された千葉の検見川の近くに東京大学農学部の緑地植物実験所があります.そこでは世界中のハスを集めていて、その中に大賀ハスもあります.7月-9月頃に咲くようで、一般の人も見学申請が必要ですが、見学できます(詳細はホームページをご覧ください).
L:花が開くのは、ほとんど明るい昼間ですが、サボテンの中には夜に花の咲くものがあります.大島先生の人間中心主義で言うと、人間が見ない時間帯になぜ花が咲くのでしょうか(笑).
長田:アサガオ、ヒルガオ、ユウガオとあるように、花の咲く時間帯はいろいろです.それから、誰にも見られない日陰の花というのもありますね(笑).夜に花が咲く月下美人やサボテン類の花粉を媒介するのは夜行性のコウモリです.
G:月見草はどうですか.
長田:それはホルモン性だということです.
M:オシロイバナやツツジの中に、同じ枝にいろいろな色の花をつけるものがありますが、これはどうしてですか.
長田:桃の花の中に紅白の混ざったものがありますが、あれは間違いなくキメラです.キメラというのは、ギリシャ神話に出てくる生き物に由来する言葉です.日本にも?(ぬえ)という想像上の生き物がありますが、頭と胴体と尾がそれぞれ別の生き物でできていることから、由来が異なる複数の部分からなるものを、キメラと呼んでいます.
植物には、そういうものがけっこうあります.植物が花や葉をつくるのは、茎の先端にある層で決まりますが、表層の方から第一層、第二層、第三層とあって、それぞれの層の遺伝的性質が多少違ったものがあっても共存できるわけです.
それから、俗に「枝変わり」と呼ばれる現象で、一つの枝の葉や花などが突然変異で変わることがありますが、うまくやれば、それで新しい品種をつくることもできます.このように、植物の場合には、遺伝的なものが部分的に変わっても存続することができますので、ツツジやオシロイバナの場合も、おそらくキメラ的なものが原因で色々な花色が混ざるのではないかと思います.
E:売られているハイブリッド米の種は、その種から収穫したものを播いても同じ米ができないということで、独占が保証されているわけですが、あのようなハイブリッド米はどのようにして作られているのでしょうか.
長田:最も良く調べられているのはトウモロコシのハイブリッドです.一般に雑種になった生物は、純系種よりも生活力が旺盛になることが多く、雑種強勢と呼ばれます.ハイブリッド品種は、この雑種強勢を利用したもので、その子孫は必ず悪くなるというわけです.
米は本来自殖性ですが、花粉ができなくなるような性質を付加してハイブリッドをつくることができます.中国で盛んにやられていますが、日本でもJTなどで研究されています.
N:花の写真集を出したいと思って、様々な色の花を探しているのですが、信号の青のような緑色の花というのはないのでしょうか.
長田:花びらがブルーのケシはありますが・・・.
G:サントリーが遺伝子組換えで作った青いバラは、紫色に近い青ですが、そのうち段々濃くなってくるだろうという話でした.
B:その青バラを見せてもらったことがありますが、紫色に近いものや青色に近いものが、2、3種類あったような気がします.
長田:実は、1980年代の中頃、ドイツのケルンにあるマックス・プランク研究所のグループがペチュニアを使ってそのプロトタイプの実験をやっています.そのときはすごく感激しました.見栄えのする色合いではありませんでしたが、原理は全く同じです.当時ドイツではグリーン党の活動が盛んで、研究所に爆弾が投げ込まれたりしましたので、その研究者は嫌気がさしてイギリスへ行ってしまいました.
O:果実が良い匂いを出すのは、どうしてでしょうか.
長田:果実の匂いに関してはちょっと分かりませんが、果実の成熟にはエチレンガスが関係していて、どのように成熟が進行するかということは、けっこう研究されています.その結果でてくる匂いは、その果実を食べるものとの関係で考えられるのでしょうが、匂いを感じるのかどうかは分かりません.
花の匂いで、それも悪いほうの匂いですが、スマトラが起源のコンニャクの花はとんでもない匂いを出します.その匂いでカブトムシを呼び寄せて、カブトムシが花粉を媒介します.コンニャクは里芋の類ですが、その中のザゼンソウやミズバショウは、雪があって凍るようなところで花が咲きますが、実は、花のところで熱を出して、同時に匂いも出すわけです.小石川植物園で、その花の出すガスを回収して分析しようとしたことがあります.残念ながら、そのときは花が咲かなかったので空振りに終わりましたが、関連の種では匂いの成分は既に調べられていて、論文が出ています.
三井:いつまでもお話が続きそうですが、時間がきましたので、ここでおしまいにします.皆さん、本当にありがとうございました.(拍手)