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1.高速自動キャピラリ型DNAシーケンサの開発 |
1.1 ゲノムのシーケンシング
Michael W. Hunkapillerは、高性能自動化DNAシーケンサを開発し製品化した。それは旧来のスラブゲル型DNAシーケンサに比べると、解読能力が10倍以上で、それによりヒトゲノムのシーケンシングが可能になった。
生物が生きるために必要な遺伝情報全体をゲノムと呼ぶ。この実体は細胞の核に含まれる染色体の中に存在するDNA分子である。遺伝子はゲノム中に存在するDNA断片で、タンパク質をつくるための情報をもっている。情報は4種類の塩基の配列として保存され、子孫に伝えられる。ゲノム解析とは、遺伝子部分だけでなくゲノムDNA全体の塩基配列を決定することである。ヒトの細胞核には22対の常染色体と1対の性染色体が存在し、ヒトゲノムは30億の塩基対からなる。そのうち遺伝子が占めるのは全体の約5%とみられている。
1.2 DNA塩基配列決定技術
DNA塩基配列決定法としては、A. M. MaxamおよびW. Gilbertが開発した化学的切断反応(1)と、F. Sangerの開発した酵素反応(2)を利用する方法があり、共に1980年にノーベル賞を受賞している。自動化された解読装置に用いられているのは、もっぱらSanger法であり、ジデオキシヌクレオチドという特殊なヌクレオチドを使用するため、ジデオキシ法とも呼ばれる。この化合物は3'位に水酸基がないため、DNA鎖に取り込まれても、その先の反応が進まず、そこでDNA合成がストップする。従って、これはターミネータと呼ばれる。基本的なジデオキシ法は、配列のわからない一本鎖のDNA断片と、4種類のヌクレオチド、1つの塩基に対応するターミネータ、それに鎖を伸ばしてゆくときの起点となるプライマーと称する短いDNAと、酵素とを加えてDNA合成反応を行い、結果として、加えられたターミネータの塩基ごとに長さの違うDNA鎖が得られる。この方法では、4種類の塩基に対して4つの反応を同時に行う必要がある。反応液はゲル電気泳動にかけられ、その泳動パターンのオートラジオグラフから配列が読みとられる(図1(a))。読みとるための放射性ラベルは、プライマーに付けられる。
1.3 蛍光検出法の開発
1986年から1987年にかけて塩基配列決定技術に長足の進歩がもたらされた。カリフォルニア工科大学のL. E. Hood のグループ(3)と欧州分子生物学研究所(EMBL)のW. Ansorge のグループ(4)とDuPont グループのJ. M. Prober (5) がそれぞれ独立に、4種類の塩基を蛍光物質で標識し、これをレーザー光で励起して検出する方法を開発した。有害な放射性同位体も時間のかかるオートラジオグラフィー操作も不必要なため、もっぱら蛍光法が使われるようになった。
Hunkapillerはカリフォルニア工科大学のHoodの研究室でポストドクトラルフェローだったときに4色の蛍光色素による検出法の開発に携わった(図1(b))。この方法では電気泳動で分離しながらゲルの下端でDNA断片の蛍光を検出する。このリアルタイムで蛍光を検出する技術が、全自動高速DNAシーケンサの開発へつながった。Hunkapillerは1983年に設立されたアプライド・バイオシステムズ社(ABI)に入り、そこで開発したDNAシーケンサに、カリフォルニア工科大学の検出系(6)を採用した。これによりDNAシーケンサの能力は数百倍に向上した。
1.4 高性能マルチキャピラリDNAシーケンサの開発
蛍光色素による検出法の開発にもかかわらず、DNAシーケンサの能力は、ヒトゲノムのように大規模なゲノムの解読を限られた時間内に完成するには不十分で、さらなる性能の向上が必要であった。それはキャピラリ電気泳動の導入によって実現した(7)-(9) 。
スラブゲル電気泳動は平板ガラスの間にゲルを作成して電気泳動を行う。電気泳動の速度を上げるためにゲルの厚さを薄くして高電圧をかけると熱が発生するので、かける電圧には限度がある。そこで新しく採り入れられた技術がキャピラリ型電気泳動である。これは通常、内径が50 μm、長さが30 cm程度のキャピラリを用いたもので、キャピラリは熱の放散に優れているため、より高い電圧をかけることができる。分離の速度はスラブゲル電気泳動の約10倍にあがった(図1(c))。
解読の速度をさらに上げるためには、多数の試料を同時に処理することが不可欠である。これはマルチキャピラリシステムの採用によって達成される(図1(d))。しかしここで蛍光の検出に問題が生じる。ゲルの多孔質の構造とキャピラリのガラス壁に由来する乱反射が測定を妨害する。この問題を解決するために、R. Mathies(10)は共焦点法による蛍光検出系を開発しているが、PRISM3700には、日立製作所の神原秀記(11)とJ.C.Dovichi(12)(当時カナダ、アルバータ大学) がそれぞれ独立に開発したシースフロー法が採用されている。それは、試料がキャピラリから流れでる瞬間に蛍光を測定するという方法である。シースフローセルの中にキャピラリの先端を導入し、外から加える水流によって試料の流れを絞り込み、そこに横から直接レーザーを当てて蛍光を測定する(図2)。
ABIでのDNAシーケンサ開発の責任者であったHunkapillerは、マルチキャピラリ電気泳動、蛍光色素化学、資料自動交換システム、それに、日立とアルバータ大学からライセンスを取得したシースフロー検出系を組合わせた高性能DNAシーケンサ、PRISM3700を完成し、市場に送りだした。PRISM3700は96本のキャピラリを備え、性能は一挙に8倍になり、時間は60%も節約になった。しかも自動化により、24時間のフル稼働が可能となったため、人手は1日に15分しかかからず、労働力は、これまでのシーケンサに比べて10%にまで低減した。
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